新しい治療法として注目される「再生医療」ですが、幹細胞を用いた再生医療とはどのようなものなのでしょうか。
この記事では、幹細胞とはなにか、どのように治療を行うのか、幹細胞による再生医療のメリット・デメリットについて解説します。
記事の後半では、再生医療を受けるにあたってリスクを下げるポイントについても紹介するので、ぜひ参考にしてください。
幹細胞を用いた再生医療とは
幹細胞とは、自己複製能力・分化能力を持つ細胞のことです。幹細胞を用いた再生医療では、この2つの能力を治療に利用します。
自己複製能力とは「自分と同じ細胞を作る力」です。このはたらきは、古くなり寿命を迎えた細胞が同じ役割を持つ新しい細胞へ入れ替わるために必要となります。
一方、分化能力とは「いろいろな細胞に変化する力」です。分化能力を持つ細胞は、特定の細胞ではなく、いろいろな組織を構成する細胞になることができます。
こうした機能を持つ細胞を薬・材料として活用して、機能不全に陥った組織のはたらきを再生しようという治療方法が「再生医療」です。
再生医療に用いる幹細胞の種類
細胞は、そのはたらきによっていくつかの種類に分けられます。では、実際に再生医療に使用されているのはどのような幹細胞なのでしょうか。
ここでは、再生医療で使用されることが多い体性幹細胞・ES細胞・iPS細胞という3種類の細胞について解説します。
体性幹細胞
体性幹細胞とは生物の体内に存在して、限られたいくつかの細胞に分化できる分化能力を持つ細胞です。
体性幹細胞には、数種類の血球に分化する造血幹細胞や、脳神経を構成する数種類の細胞に分化する神経幹細胞などがあります。
このように、多くの体性幹細胞は限られた組織の細胞に分化するにとどまります。しかし、さらに多くの分化能力を持つのがMSC(間葉系幹細胞)です。
MSCは骨髄・脂肪組織・臍帯血などから採取することができ、骨・血管・心筋・神経など、異なる組織・臓器の細胞に分化できる能力があります。
ES細胞
上記の体性幹細胞と比較して、さらに多くの分化能力を持つのが多能性幹細胞です。多能性幹細胞は、体内にあるほとんどの細胞に分化する能力を持つとされています。
多能性幹細胞に分類される細胞としては、ES細胞・iPS細胞の2種類が挙げられます。まずは、ES細胞についてみていきましょう。
ES細胞(胚性幹細胞)は、受精卵から取り出した細胞を培養して作られる細胞です。ES細胞はあらゆる細胞へ分化できるうえに、分裂回数にも限りがないとされています。
そのため体性幹細胞よりも利用できる幅は広いですが「これから人間になる可能性もあった受精卵から細胞を取り出して作る」という点が問題視されることもあります。
その点、先で紹介した体性幹細胞は利用目的が限られるものの、ドナーの生命を損なわずに採取できることがメリットでしょう。
iPS細胞
iPS細胞の研究により日本人研究者がノーベル生理学・医学賞を受賞したため「iPS細胞」という名前を耳にしたことがある方も多いかもしれません。
iPS細胞とは「人工多能性幹細胞」の略です。ES細胞と同じく多能性幹細胞に分類されますが、生体の体細胞から作成が可能という点が大きな違いとなります。
iPS細胞は体細胞に数種類の遺伝子を「多能性因子」として導入して培養することで作られています。
iPS細胞のもととなる体細胞が皮膚・血液など比較的採取しやすいものであることも、iPS細胞のメリットといえるでしょう。
できあがったiPS細胞は、ES細胞と同じく分裂回数にほぼ限りはないとされます。また、あらゆる細胞とはいきませんが体性幹細胞よりも多くの細胞に分化する能力があります。
幹細胞を用いた再生医療の問題点
幹細胞を使用した再生医療は画期的なものとしてニュースなどで取り上げられることもあります。
しかし、新しい治療方法であるがゆえに法整備・安全性・効果の確認が十分ではない点もあるでしょう。ここからは、幹細胞による再生医療の問題点をいくつか紹介します。
保険適用されないので費用が高額になる
日本では、安全性・有効性が十分に確認された治療に対して厚生労働省が認可を行うことで医療保険が適用されます。
医療保険が適用される治療を受けた場合、患者さんが医療機関の窓口で支払う金額は実際にかかった費用の1~3割です。
一方、安全性・有効性を検証している段階の治療については医療保険が適用されません。幹細胞を用いた再生医療も、多くは医療保険が適用されていない治療となります。
そのため、治療の費用は10割が患者さんの負担となり、経済的にも大きな負担になる可能性があります。
100%の効果ではない
一定水準以上の有効性が確認されている医療保険適用の治療であっても、患者さんごとに効果の程度には差が出ます。
さらに、有効性を検証中の治療ともなれば、治療を受けた方のうち100%に効果がみられる保証はありません。
幹細胞を使用した再生医療を受ける場合は「効果が出る確率は100%ではない」という認識を持ったうえで、メリット・デメリットのバランスを見極めることが重要です。
この記事の後半では、患者さん自身ができる「幹細胞を用いた再生医療のリスクを少なくする方法」についても解説しますので参考にしてください。
ES細胞・iPS細胞はガン化のリスクがある
ES細胞・iPS細胞は、さまざまな種類の細胞に分化する「多能性」があるからこそ幅広い治療に利用できる可能性があります。
しかし、この多能性を支えていると考えられてきた遺伝子「c-Myc」は、細胞のがん化にも深くかかわる因子です。
また、移植するために作成したiPS細胞に未分化の細胞が含まれていた場合、その細胞は腫瘍化する場合があるということも分かってきました。
こうした情報から、ES細胞・iPS細胞といった多能性幹細胞には、ガン化のリスクがあると考えられています。
このデメリットについては下記のような方法で対策が急がれており、一部の研究ではがん化のリスクを下げることに成功しているようです。
- c-Mycを別の遺伝子で代替してiPS細胞を作る
- 元となる細胞の染色体を傷つけずに因子を導入する
- 遺伝子に傷の付いた細胞を検知・選別する
- 未分化の細胞を移植前に選別する
病気によっては治療を受けられない
幹細胞を利用した再生医療は現場での実用化が進んでいるものの、承認された医薬品・治療法は限られています。
そのため、再生医療を受けるためには対象となる病気でなければなりません。現在、幹細胞を医薬品として利用する製品の中で承認されているものは下記のとおりです。
- 重症な火傷やあざ(培養皮膚シート)
- 水疱症(培養皮膚シート)
- 外傷などによる軟骨損傷(培養軟骨)
- 虚血性心疾患による重症心不全(培養心筋シート)
- 骨髄移植後の拒絶反応(骨髄由来間葉系幹細胞 )
- 脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害(骨髄由来間葉系幹細胞)
また、幹細胞を培養・投与する形での再生医療としては、下記のような病気に対する治療を実施している医療機関もあります。
- 変形性膝関節症
- 脳卒中などの脳血管疾患後遺症
- バージャー病
ただし、上記の病気に該当する場合でも病気の状態・既往症・他の治療の選択肢などにより再生医療の対象と判断されない場合もあるため注意が必要です。
幹細胞を用いた再生医療の治療の流れ
ここまで紹介したように、幹細胞を使用した再生医療にはいくつかのデメリット・課題も残っています。
しかし、治療法の「新たな選択肢」として再生医療の提供を始めている医療機関も出てきました。
こうした医療機関ではどのような流れで再生医療を行っているのか、体性幹細胞を使用した再生医療を中心に大まかな治療の流れについて紹介します。
最初に、診察・カウンセリングを行うことが多いでしょう。いずれも医師が行う場合と、カウンセリングは専門のカウンセラーが担当する場合があります。
この診察・カウンセリングでは下記のような項目を十分に確認する必要があるため、1時間以上の時間をかける医療機関もあるでしょう。
- 患者さんの病状
- これまでに受けた治療
- これまでの既往歴
- 現状に再生医療が適しているか
こうした項目を確認したうえで、再生医療が適応となる患者さんに対しては、治療のメリット・デメリット・費用・治療期間などについて説明が行われ、同意を得ます。
施術にあたっては、採血などの検査が必要です。検査項目は医療機関により異なりますが、肝炎ウイルス・梅毒・HIVなど感染症の検査を行うことが多いでしょう。
その後、検査結果に問題がなければ体性幹細胞の採取を行います。幹細胞の採取は局所麻酔で行うことが多いため、ほとんどの方は日帰りが可能です。
幹細胞の培養を行うか、採取した組織から分離した幹細胞を投与するかにより、採取から投与までの期間が異なります。
治療内容により、採取・培養した幹細胞を一部保管して何度かに分けて投与する場合もあるでしょう。投与後は、経過観察のために数回の診察を行うことが一般的です。
幹細胞を用いた再生医療のメリット
幹細胞を用いた再生医療について、記事の前半でデメリットを知り「怖い」と感じた方もいるかもしれませんが、一方で複数のメリットもあります。
どのようなメリットがあるのか、治療による侵襲の少なさ・治療の展望などの面からみていきましょう。
すでに多くの治療実績がある
ES細胞・iPS細胞を用いた治療については未だ研究段階といえますが、体性幹細胞を利用した治療は既に医療機関でも実施が始まっています。
そのため、こうした治療を行っている医療機関では既に多くの治療実績があり、治療の手技・治療後の対応などについても経験を積んでいる場合が多いでしょう。
新たな治療方法だからこそ、患者さん自身が安全性・治療効果を実感するためには医療者の経験が重要と考えられます。
患者への負担・副作用が少ない
自分自身の脂肪などから幹細胞を採取して治療に用いる場合、自分自身の組織を使用するため副作用・アレルギー反応が少ないとされています。
また、これまでは入院・手術を行うしか治療方法がなかった病気でも、幹細胞による再生医療が奏功すれば大きな手術を経ずに回復が期待できるでしょう。
手術は人体への侵襲が大きいため、このような点からも再生医療は患者さんの身体への負担が少ないといえます。
治療時間が短い
従来の治療と比べて治療時間が短く済む可能性があるという点も幹細胞を用いた再生医療のメリットです。
たとえば、変形性膝関節症を例に挙げると、医療保険が適用される主な治療方法には人工関節置換術があります。
この手術をすれば入院が必要なうえに手術自体の時間にも数時間かかりますが、脂肪幹細胞による再生医療は日帰りで行っている医療機関が多いでしょう。
もちろん施術前後に複数回の通院が必要であったり、脂肪の採取後に細胞の培養のため数週間の待機期間がありますが、治療による拘束時間は短いといえます。
難しい病気の根本治療が期待できる
再生医療では、これまで再生が困難だった組織の機能回復など、これまで治療方法がなかった病気に対しても効果が期待できるものがあります。
そのため、これまで「難病」とされてきた病気や、対症療法のみで状態を安定させるしかなかった病気に対しても根本治療が可能になる可能性が高まるでしょう。
また、幹細胞自体を治療に利用するのではなく、患者さんの細胞を培養・研究することで難病の原因解明につながる可能性もあります。
幹細胞を用いた再生医療のリスクを少なくする方法
幹細胞を用いた再生医療は、いまだ効果・安全性が検証中の治療法です。しかし、それでも治療方法があるのなら再生医療を受けたいという方もいるのではないでしょうか。
このような場合に、可能な限りリスクを少なくする方法はあるのでしょうか。最後に、再生医療を受けるにあたってリスクを減らす3つのポイントを紹介します。
厚生労働省に届出をした医療機関を選ぶ
再生医療を行うにあたり、医療機関は厚生労働省に所定の手続きをする必要があります。この手続きを完了している医療機関は、厚生労働省のWebサイトに名前が載ります。
再生医療を受けるにあたっては、受診している医療機関がこうした手続きを行い、厚生労働省のWebサイトに掲載されているか確認することが大切です。
症例数が多い医療機関を選ぶ
再生医療は医療の歴史のなかでは新しい治療法です。そのため、必ずしも有名であったり歴史の長い医療機関が再生医療に関しても安心とは限りません。
自分自身が受けたい再生医療について知るためには、症例数を知ることが重要です。上記の届け出の有無と併せて可能な範囲で確認してみましょう。
納得できるまで説明を受ける
医療保険が効かない治療も多く、また治療の安全性・効果についても検証中といえる再生医療だからこそ、事前に十分な説明を受けることが重要です。
一刻も早く治療を受けたいという気持ちがあるかもしれませんが、費用・副作用・効果・治療方法・経過の見通し・治療の選択肢など収集すべき情報は数多くあります。
これらの情報について、十分でわかりやすい説明を行える医療機関か、質問に対し快く回答してくれるかなども医療機関を選ぶ上では重要な視点です。
まとめ
私たちの体の中には、数種類の細胞に分化する力を持った「幹細胞」が存在します。また、そうした分化能力を持つ幹細胞を作成することもできるようになりました。
こうした幹細胞のはたらきを利用して、これまでとは異なる方法での治療を行うのが「再生医療」です。
この再生医療は画期的な治療である一方、新しい治療法のため安全性・治療効果が十分に実証されていないのが現状といえます。
もし再生医療を検討しているのであれば、しっかりと情報収集を行いリスクの少ない医療機関を選択することが、より良い治療を受けるためのポイントとなるでしょう。
参考文献
- 治療として提供される再生医療、安全性・有効性に疑問 ―再生医療法に構造的課題か―|国立大学法人 京都大学iPS細胞研究所
- 脂肪由来幹細胞を用いた再生医療|名古屋大学大学院医学系研究科 病態内科学 腎臓内科
- iPS細胞とは?|国立大学法人 京都大学iPS細胞研究所
- 日本の医療保険制度の仕組み|日本医師会
- 再生医療等製品の承認品目
- ES 細胞:Embryonic Stem Cell、胚性幹細胞|国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 JCRB細胞バンク
- 幹細胞治療について|一般社団法人 日本再生医療臨床学会
- あなたが受けたい再生医療のためのしおり
- 再生医療を受けてみたい皆さまへ
- 再生医療等提供基準チェックリスト補足資料