再生医療の分野で大きな注目を集めている、iPS細胞というものをご存知でしょうか。 これまで治療不可といわれてきた病気に悩んできた方にとって、iPS細胞は新たな治療の選択肢として期待されています。
本記事では、iPS細胞で治せる病気について、以下の点を中心にご紹介します。
- iPS細胞の利点
- iPS細胞の問題点
- iPS細胞で治せる病気
iPS細胞で治せる病気について理解するためにも、ご参考いただけると幸いです。 ぜひ最後までお読みください。
iPS細胞とは
iPS細胞(誘導多能性幹細胞)は、皮膚や血液などの体細胞に特定の因子を導入し、これを培養することで作製されます。このプロセスにより、細胞は多能性を獲得し、さまざまな細胞に分化する能力を持つようになります。山中伸弥教授によって、2006年に初めて作製された革新的な細胞であり、再生医療の分野で大きな可能性を秘めています。
iPS細胞は、ES細胞(胚性幹細胞)と同様に多能性を持ちますが、ES細胞と異なり、倫理的な問題を回避できる点が大きな利点で、今後の研究と開発によって、再生医療や創薬研究など、多くの応用が期待されています。
iPS細胞について
iPS細胞はどのように作られ、どのように開発されたのでしょうか。 以下で、iPS細胞について詳しく解説します。
iPS細胞の作製方法
iPS細胞は、体細胞を多能性幹細胞に変換することで作られます。この技術は、京都大学の山中伸弥教授によって開発され、2006年にマウス、2007年に人間の細胞での成功が報告されました。
ES細胞に特有の4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を体細胞に導入することで、細胞を多能性幹細胞へと「リプログラミング」しました。この方法は、ES細胞の作製に伴う倫理的問題を回避し、患者さん自身の細胞からiPS細胞を作製できるため、拒絶反応のリスクを減らすことができます。
iPS細胞で作製できる組織
iPS細胞から作製可能な組織には、心筋、神経細胞、血液細胞、肝臓細胞、膵臓細胞などがあります。これらの細胞は、病気や怪我によって損傷を受けた組織の修復や、疾患の原因解明、新薬開発への利用を目指しています。
iPS細胞が開発された背景
iPS細胞の開発前、再生医療の主要な研究材料は、ES細胞でした。ES細胞は、受精卵から得られる幹細胞で、あらゆる種類の体細胞に分化する能力を持っています。しかし、ES細胞の利用は、受精卵を破壊することになるため、倫理的な問題や拒絶反応のリスクがありました。
このような背景の中で、日本の研究チームは、体細胞に特定の遺伝子を導入することでES細胞と同等の多能性を持つiPS細胞を作製することに成功しました。この発見は、再生医療における倫理的な問題を解決し、患者さん自身の細胞を使用することで拒絶反応のリスクをも減らせるという大きな進歩をもたらしました。
iPS細胞創薬により開始された臨床試験
iPS細胞創薬は、iPS細胞を用いて疾患特異的な細胞状態を再現し、新たな治療法や薬剤を研究開発する手法です。具体的な臨床試験を、以下で解説します。
- 加齢黄斑変性:2014年に実施された移植手術では、約5年後の安全性が確認されており、2017年には他人のiPS細胞由来の細胞を用いて、5人の患者さんに対して手術が施されました。1人に拒絶反応が見られたものの、ほかの患者さんでは順調な経過を見せています。
- パーキンソン病治療:iPS細胞を用いた細胞を直接注入する方法が考案され、2018年に1例目の手術が実施されました。2年を目安に、安全性と有効性の評価が予定されています。
- 重症心不全や心筋症:iPS細胞から心筋細胞を大量に作製し、シート状にして心臓に移植する方法が開発され、2020年1月に1人目の手術が実施されました。ドナー不足の問題解決のひとつとして、今後ますます期待されています。
- 血小板減少症:患者さん自身のiPS細胞から作製した血小板を輸血する方法が試みられ、投与から1年経過後も、大きな問題がないことが確認されています。
これらの臨床試験は、iPS細胞創薬の進展を示す重要な例であり、再生医療の分野において大きな進歩を遂げています。しかし、研究には膨大な費用がかかり、iPS細胞の作製にも時間と費用が必要な現状があります。
iPS細胞とES細胞の違い
iPS細胞とES細胞には、どのような違いがあるのでしょうか。 以下で詳しく解説します。
ES細胞とは
ES細胞(胚性幹細胞)は、受精卵から得られる幹細胞で、あらゆる種類の体細胞に分化する能力を持っています。ES細胞の研究は、1998年にヒトのES細胞が初めて作成されて以来、再生医療だけでなく創薬の面からも期待されています。しかし、ES細胞を作るためには、将来胎児となるヒトの初期胚を利用するため、これが倫理的な問題を引き起こしていました。そのため、ES細胞の臨床への応用には厳しい規制が敷かれている国も少なくありません。ES細胞の研究は、再生医療の分野で重要な役割を果たしていますが、倫理的な問題を解決するために、iPS細胞のような代替技術の開発が進められています。
ES細胞の問題点
ES細胞は、受精卵が数回分裂し、約100個の細胞のかたまりとなった胚の内側にある細胞を取り出して培養したものです。これらの細胞は、他人の受精卵から作られるため、移植する際に拒絶反応が起きる問題があります。また、生命の源である胚を破壊するという倫理問題が含まれています。
ES細胞の倫理問題を解決するために、各国はさまざまな規制や法律を設けています。例えばイギリスでは、ヒト受精・胚研究法に基づき、ES細胞研究を個別に認可しています。一方、アメリカでは、特定のES細胞株のみに連邦研究費助成をつける政策をとっており、フランスは関連する法律の見直し中で、モラトリアムの状態にあります。ドイツでは原則禁止ですが、一部例外的に認める法律を成立させています。日本では、不妊治療で不使用となった胚から得られるES細胞の樹立と輸入を認めています。
iPS細胞がES細胞より画期的である点
iPS細胞は、ES細胞より、以下の点において画期的であるといえます。
- 倫理的問題の回避:ES細胞は受精卵から作製されるため、倫理的な問題が大きな障害となっていました。これに対して、iPS細胞は成人の体細胞から作製されるため、受精卵を破壊することなく、倫理的な問題を回避できます。
- 拒絶反応の低減:ES細胞を用いた移植治療では、患者さんと異なる遺伝的背景を持つ細胞を使用するため、拒絶反応のリスクがありました。しかし、iPS細胞は患者自身の細胞から作製できるため、移植時の拒絶反応のリスクが大幅に低減されます。
- 個別化医療の実現:iPS細胞は患者さん自身の細胞から作製できるため、個別化医療の実現が期待されています。これにより、患者さんごとに適切な治療法の開発が可能になります。
- 病気の原因解明と新薬開発:iPS細胞は、患者さん特有のiPS細胞を用いることで、疾患のメカニズムを研究し、新しい治療法や薬剤の開発に役立てられます。
再生医療の分野は新たな段階に入り、多くの疾患に対する治療法の開発に大きな希望が持たれています。
iPS細胞の利点
iPS細胞の利点とは、どのような点なのでしょうか。 以下で詳しく解説します。
人間の体細胞から作製できる
iPS細胞技術の利点は、倫理的な問題を回避しながら、患者さん自身の細胞から作製できることです。これにより、再生医療や創薬、病気の原因解明などに応用が可能となります。 例えば、糖尿病の患者さんから採取した細胞をiPS細胞に変換し、インスリンを分泌する細胞に分化させることで、患者さん特有の病態を再現し、新しい治療法の開発に役立てられます。 また、心筋梗塞の患者さんには心筋細胞、パーキンソン病の患者さんにはドパミンを生成する神経細胞を提供できます。
さらに、iPS細胞は研究においても重要な役割を果たします。病気のメカニズムの解明や新薬の開発において、患者さん特有の細胞を用いることで、より効果的な治療法や薬剤の開発が期待されます。iPS細胞は大量に作製することが可能とされており、研究材料としての利用にも適しています。
拒絶反応が起こる可能性が低い
iPS細胞の大きな利点の一つは、患者さん自身の細胞から作製されるため、移植時の拒絶反応のリスクが低減されることです。また拒絶反応が起こりにくいため、個別化医療の実現が期待されています。この技術は、個別化医療の実現に向けた大きな一歩となり、将来的には多くの患者さんに新しい治療法を提供することが期待されています。
さまざまな細胞に分化できる
iPS細胞は、成人の皮膚や血液などの体細胞に特定の遺伝子を導入し、これを培養することで作製されます。そして、神経細胞、心筋細胞、膵臓細胞など、体のさまざまな細胞に分化することが可能となり、損傷した組織や臓器の修復に必要な特定の細胞タイプを作製できます。
iPS細胞の問題点
iPS細胞には、どのような問題点があるのでしょうか。 以下で詳しく解説します。
腫瘍が発生する恐れがある
iPS細胞は、腫瘍発生のリスクを伴います。iPS細胞の作製には、c-Mycという因子が重要な役割を果たしていますが、同時にc-Mycは多くのがん細胞で活性化していることが知られているがん遺伝子でもあります。実際に、iPS細胞を移植したマウスで腫瘍が発生する例が報告されています。そのため、iPS細胞の安全性を確保するための研究が進められており、c-Mycを使用しないiPS細胞の作製法などが開発されています。
倫理的な問題を引き起こす
iPS細胞は、多くの利点を持つ一方で、下記のような倫理的な問題を引き起こす可能性があります。
- 精子や卵子への分化の可能性:iPS細胞は理論上、体のあらゆる細胞に分化する能力を持っており、精子や卵子に分化する可能性も含まれます。これが現実化すると、生殖細胞を作製し、新たな命を生み出すことが可能になるかもしれません。これは、人間の生殖に関わる倫理的な問題を含んでいます。
- クローン人間の誕生の可能性:iPS細胞技術を用いると、理論的にはクローン人間の作製も可能になります。これは、個人の遺伝的アイデンティティや人間の生命に関する根本的な倫理的問題を提起します。現在、クローン技術には厳しい規制がありますが、iPS細胞の応用が進むにつれて、この問題はより複雑になる可能性があります。
これらの倫理的な問題は、iPS細胞の研究と応用において重要な考慮事項であり、iPS細胞技術の進展に伴い、これらの問題に対する明確なガイドラインと規制の必要性が高まっています。
安全性に関する課題がある
iPS細胞の安全性に関する主な課題は、上述の腫瘍の発生リスクです。また、iPS細胞の臨床応用においては、移植された細胞が腫瘍化するリスクや、遺伝子操作を加える必要がある場合の安全性評価が重要な課題です。iPS細胞を用いた臨床応用のプロセスを、ほかの細胞を用いた製品と同じように扱うか、特別な方法によって評価する必要があるかも、重要な課題になります。
さらに、iPS細胞の研究と臨床応用には、倫理的・法的・社会的課題も伴います。例えば、細胞提供者のプライバシー保護、インフォームド・コンセントの手続き、細胞提供者の権利の範囲、知的財産に関する課題などが挙げられます。倫理的、法的、社会的課題に対しては、国際的な協力と共通のガイドラインの策定が求められます。
iPS細胞で治せると期待されている病気
iPS細胞で治せると期待されている病気はあるのでしょうか? 以下で詳しく解説します。
加齢黄斑変性
加齢黄斑変性症は、年齢とともに進行する眼の病気で、中心視力の低下を引き起こします。 現在の主流治療は、新生血管の成長をおさえる薬を眼に注射する方法ですが、症状の進行を遅らせるだけで、根本的な治療には至っていません。
iPS細胞を用いた治療法は、患者さん自身の皮膚細胞からiPS細胞を作製し、これをシート状の網膜色素上皮細胞に分化させる方法です。手術では、加齢黄斑変性症によって損傷した血管を取り除き、同時に除去される網膜色素上皮細胞をiPS細胞由来の細胞で置き換えます。この治療法が実用化されれば、加齢黄斑変性症の治療における大きな革新となり、多くの患者さんの生活の質が向上されるでしょう。
水泡性角膜症
水泡性角膜症は、角膜内皮細胞が減少し、角膜に過剰な水分が流入して浮腫を生じ、混濁する病態です。これまでの主な治療法は角膜移植でしたが、ドナー不足や手術後の合併症などの課題がありました。
iPS細胞を用いた治療法は、角膜内皮細胞と同等の機能を持つ「角膜内皮代替細胞」を製造し、これを眼内に注射器で注入して角膜の後面に移植する方法が研究されています。この治療法は、傷口が従来の角膜移植術に比べてはるかに小さいため、合併症を大幅に減らすことが可能です。また、角膜内皮代替細胞を製造の最終段階で凍結保存することも可能となり、移植治療に必要な細胞を事前に大量に生産・保管し、必要に応じて速やかに移植されます。また、手技が簡便で、ドナーを使った医療における汚染リスクも回避できるため、全国の眼科診療所でも治療が行えるようになる可能性があります。この治療法は、水泡性角膜症の治療における革新的な進歩であり、再生医療の分野において大きな期待が寄せられています。
パーキンソン病
パーキンソン病は、中脳にあるドーパミン神経細胞の減少により発症する神経変性疾患です。この病気は、手の震え、体の動きの鈍さ、体が意思に反して動き出すなどの症状を引き起こします。現在の治療法は、不足しているドーパミンを補充することに重点を置いていますが、病気の進行を食い止めることはできません。
そこで、iPS細胞を活用した根本的な治療法の開発が進められています。順天堂大学の研究グループは、血液細胞から作ったiPS細胞を効率よく神経細胞へ分化させる方法を開発しました。これにより、パーキンソン病の研究に、血液細胞から作ったiPS細胞を使用することが可能になり、患者さんの負担を軽減しながら研究を進められます。また、パーキンソン病iPS細胞バンクの設立により、多くの患者さんの細胞が採取され、病態メカニズムの解明や新たな治療薬開発に役立てられています。
この研究によって、新たな治療法が開発され、パーキンソン病の患者さんの日常生活上での困難が少しでも軽減されることが期待されています。
脳梗塞
脳梗塞は、脳の血管が詰まることで脳の一部が死んでしまう病気であり、手足の麻痺や言語障害などの重い後遺症が残ることがあります。現在の脳梗塞治療は、血管を再開通させることに重点を置いていますが、一度死んだ脳細胞は再生しないため、機能回復は困難といわれています。
iPS細胞は、身体のさまざまな細胞になれる万能な細胞であり、脳梗塞で機能しなくなった脳を再生する治療法に活用できる可能性があります。動物実験では、iPS細胞が脳梗塞後の神経細胞を修復し、機能回復を認めた事例が報告されています。
iPS細胞で治せない病気
iPS細胞は、理論上は身体を構成するあらゆる細胞に分化する能力を持っていますが、それがすべての病気に応用可能なわけではありません。特に、脳の損傷や記憶の形成に関わる疾患は、現在の神経科学の知識ではまだ解明されていない部分が多く、治療への応用には長い道のりがあります。例えば、脳損傷後の記憶障害や、脳の特定部位の損傷による機能障害などは、iPS細胞を用いた再生医療での治療が困難です。
また、iPS細胞技術が確立しても、すべての病気やケガが治療可能になるわけではなく、新しい薬剤や治療機器の開発が必要な場合もあります。iPS細胞技術の医療への応用は、ほかの研究分野との連携を通じて、どの疾患に対して効果的とされるかを検討する必要があります。
まとめ
ここまで、iPS細胞で治せる病気についてお伝えしてきました。 iPS細胞で治せる病気の要点をまとめると、以下の通りです。
- iPS細胞の利点は、人間の体細胞から作製できる、拒絶反応が起こる可能性が低い、さまざまな細胞に分化できるということである
- iPS細胞の問題点は、腫瘍が発生する恐れがある、倫理的な問題を引き起こす、安全性に関する課題があるということである
- iPS細胞で治せる病気には、加齢黄斑変性、水泡性角膜症、パーキンソン病、脳梗塞、心疾患などがある
これらの情報が、少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。