変形性膝関節症は、中高年によく見られる膝の疾患で、国民病ともいわれる程多くの人が悩んでいる病気です。日常生活では歩いたり、階段を上ったり下ったりが辛くなり、進行すると日常動作すら困難になることもあります。一度かかると治すことはできませんが、日頃のケアや適切な治療により、進行を遅らせたり、痛みを軽減したりすることが可能です。本記事では、変形性膝関節症の原因や治療法、そして自宅でできる改善方法や予防策について詳しく解説します。
変形性膝関節症とは
変形性膝関節症は、50歳以上の女性に多く見られる膝の疾患です。特に65歳以上では、約55%がこの病気を抱えているとされ、国民病ともいえる程広く知られています。ここでは、変形性膝関節症の基本情報をおさえておきましょう。
疾患のメカニズム
変形性膝関節症は、膝関節にある軟骨が下記にあるような理由ですり減ることで発症します。軟骨が摩耗すると、関節の骨同士の隙間が狭くなり、骨の一部が露出し、さらに骨の端に骨棘(こつきょく)と呼ばれるトゲ状の突起が形成され、骨の変形が進んでしまいます。
また、関節の内側で炎症が起きると、関節液が過剰に分泌され、いわゆる膝に水がたまるといった症状も現れます。結果として、膝の曲げ伸ばしが困難になったり、動かすと痛みが生じたりします。
発症の原因と進行
変形性膝関節症には、特定の原因がない一次性のものと、ケガやほかの病気がきっかけで発症する二次性の2つのタイプがあります。発症の主な要因には、以下のようなものがあります。
- 遺伝
- 肥満
- 筋力の低下(特に膝や股関節周辺)
- 半月板や靭帯の損傷
- 膝関節炎
一度すり減った軟骨はもとに戻らないため、進行を食い止めることが重要です。症状は時間をかけて徐々に悪化し、以下の3つの段階に分けられます。
◎初期症状
膝の違和感やこわばり 起床時や動き始めに、膝に重さやこわばりを感じることがあります。しばらく動いていると症状が和らぐため、初期の段階ではあまり気にならないことがほとんどです。しかし、症状が進むと階段の上り下りや正座などで痛みを感じるようになります。
◎中期症状
膝の腫れや変形 中期になると、休息だけでは痛みが改善しなくなります。しゃがみ込む動作や階段の上り下りが困難になるほか、炎症が進んで膝が腫れ、熱を持つこともあります。 また、関節液が増えることで膝の変形が目立ち、歩く際にきしむような音がすることもあります。
◎末期症状
日常生活への支障 末期には軟骨がほとんど消失し、骨同士がぶつかるようになります。これにより、歩行や座る動作も困難になり、日常生活に大きな支障が出るだけでなく、精神的な負担も増してしまいます。
変形性膝関節症は自力で治すことができる?
結論からいうと、変形性膝関節症を自力で治すことはできません。この病気は膝関節の軟骨がすり減ることで起こりますが、一部の軟骨は再生能力が乏しいため、一度失われた軟骨を自力で元どおりにすることは不可能なのです。
そのため、重要なのは病気の進行を防ぐための予防と、すでに発症している場合は症状の悪化を遅らせるための適切な対処です。まだ健康な膝を保っている人は、日常生活のなかで膝への負担を減らし、関節を正常な状態に維持することが必要です。
一方、変形性膝関節症を発症した場合でも、早めの対策を取ることで症状の進行を抑え、日常生活への影響をできる限り抑えることができます。
変形性膝関節症の治療法
現在の医療では、変形性膝関節症を根本的に治すことはできません。しかし、痛みを軽減する、症状の進行を遅らせることは可能です。
よって、変形性膝関節症の治療法は大きく2つに分けられます。痛みを取り除く治療と、痛まない環境を作る治療です。それぞれの治療について詳しく見ていきましょう。
◎痛みを取り除く治療
変形性膝関節症の痛みの主な原因は、関節の変形によって生じる炎症や、関節周囲の筋肉、関節包の緊張です。そのため、炎症を抑え痛みを軽減するための治療が行われます。
具体的には、以下のような方法が一般的です。
- 抗炎症薬の内服……炎症を抑え、痛みを軽減します。
- 副腎皮質ステロイド薬……関節内に直接投与し、強い炎症を抑えます。
- ヒアルロン酸注射……関節内にヒアルロン酸を注入し、関節の動きを滑らかにします。
- 安静や冷却……炎症が強く痛みがひどい場合には、膝を休ませたり冷やすことで症状を和らげます。
これらの治療は一時的に痛みを取り除く効果がありますが、炎症の原因が改善されなければ再び痛みが現れる可能性があります。
◎痛まない環境を作る治療
痛みを取り除く治療以上に重要とも言われるのが、痛まない環境を作る治療です。この治療をおろそかにすると、炎症が再び引き起こされ、治療が振り出しに戻ってしまうこともあります。
膝の痛みを軽減し、再発を防ぐためには、膝関節の安定性を高めることが必要です。そのために効果的とされているのが、大腿四頭筋(太ももの前の筋肉)を鍛えることです。
大腿四頭筋を強化することで、膝関節への負担が軽減され、痛みが和らぐだけでなく、変形性膝関節症の進行を遅らせる効果も期待できます。これは日常生活のなかで膝にかかる負荷を分散させ、安定した状態を維持するために大切なことです。
変形性膝関節症の再生医療とは
変形性膝関節症の従来の治療法には、ヒアルロン酸やステロイドの注射、薬の内服、リハビリテーションといった保存療法があります。
しかし、これらはあくまで痛みを緩和するための対症療法であり、すり減った軟骨を根本的に再生するものではありません。そのため、症状が進行すると歩行や日常生活に支障をきたし、重症化した場合は人工関節の手術が必要になるケースも少なくありません。
手術を避けたい方や事情により手術が難しい方は、痛みを我慢しながら保存療法を続けるしかなく、筋力の低下によって車椅子や寝たきりになるリスクも高まります。
このような状況に対し、近年注目されているのが再生医療です。特にAPS再生治療と呼ばれる方法は、炎症を抑えながら膝関節内の状態を正常に整える働きが期待されています。
◎APS再生治療とは
APS再生治療は、患者さん自身の血液を利用して行うため、体への負担が少なく、安全性が高い治療法として知られています。
治療の流れはシンプルで、まず採血を行い、その血液から精製したAPS(自己タンパク質溶液)を膝関節内に注入します。注射のみで完結するため、入院の必要はなく、治療後も日常生活に大きな制限はありません。ただし、激しい運動は控える必要があります。
◎PRP療法との違い
再生医療の一つとして、PRP療法もありますが、APS再生治療はPRP療法をさらに進化させた、次世代PRPとも呼ばれています。PRP療法では血液成分を分離して精製しますが、APS治療では専用のキットと機器を使用することで、より高純度な成分を抽出できます。
治療時間も短く、採血から注入までわずか1時間程で完了するため、1回の来院で治療を済ませることが可能です。ただし、現時点では効果や副作用の個人差が大きいため専門の医師とよく相談して治療を決める必要があります。
再生医療は従来の保存療法では叶わなかった炎症抑制や進行抑制を期待できる治療法として、今後ますます注目されるでしょう。変形性膝関節症で手術を避けたい方や、日常生活への負担を軽減したい方にとって、新たな選択肢となる可能性があります。
自分でできる変形性膝関節症の改善方法
ここでは、変形性膝関節症の改善に効果的な筋力トレーニング、有酸素運動、そして柔軟性を高めるストレッチについて紹介します。いずれも自宅で手軽に取り組むことができ、継続して行うことで、痛みの軽減や症状の進行を遅らせることが可能です。
筋力トレーニング
膝関節への負担を軽減するためには、太ももの前側にある大腿四頭筋を重点的に鍛えることが重要です。この筋肉は、膝への衝撃を吸収するクッションのような役割を果たします。
簡単に室内で実践できる、椅子を使ったトレーニングを紹介します。
- 椅子に座り、片足をまっすぐ前方に伸ばします。膝が痛む場合は、無理せず少し曲げた状態でも構いません。
- 伸ばした足を椅子の高さ程まで上げ、そのまま10秒間キープします。
- 足をゆっくりと下ろし、数秒間休みます。
- これを1セット20回行い、反対の足も同様に繰り返します。
有酸素運動
膝に負担をかけず、筋力を強化する有酸素運動としては、水中トレーニングや自転車運動が効果的です。
水中トレーニングとして、プールでのウォーキングは膝への負担が少ないため人気ですが、日常的に通うのは難しいこともあります。その場合は、自宅の湯船を活用し、温かいお湯のなかで膝の屈伸運動を行いましょう。これにより、膝の可動域が広がり、リハビリとしての効果が期待できます。
また、膝にかかる体重を軽減しながら筋力をつけられるため、自転車に乗るのもおすすめです。リハビリとして行う場合は、時間をかけすぎる必要はありません。まずは15分程度の軽い運動から始め、一定のペースで無理なく続けることが大切です。
柔軟性を高めるストレッチ
膝周辺の柔軟性を保つことで、関節の可動域を広げる効果があります。以下の方法で少しずつストレッチを行いましょう。
- タオルを使ったストレッチ
床に座り、足をまっすぐ伸ばします。足先にタオルをかけ、ゆっくりと足首を手前に倒すように引っ張ります。 - 椅子を使ったストレッチ
低い椅子に腰かけ、膝のうえから軽く押すようにしながら、関節の可動域を少しずつ広げていきます。
どちらのストレッチも、一度に負荷をかけすぎないよう注意が必要です。1日1セット20回程から始め、膝の痛みや腫れの状態を確認しながら調整してください。
変形性膝関節症の予防方法
変形性膝関節症は、膝に過度な負担がかかり続けることで進行する病気です。普段の生活習慣を見直し、膝の健康を維持することで予防や進行の抑制が期待できます。ここでは、体重管理、日常動作の注意、そして食生活の工夫について解説します。
体重管理
膝関節は体重を支える役割を担っているため、体重が重い程膝への負担が大きくなります。特に歩行時は、片足で体重を支える瞬間があり、その際に膝には体重の3~4倍の負荷がかかるといわれています。体重が重いまま歩き続けると、膝の軟骨がすり減り、変形性膝関節症の進行を早めてしまうのです。
適正な体重を維持することで膝への負担を減らし、症状の予防につながります。すでに体重がオーバーしている場合は、ランニングや階段の昇り降りのように膝に大きな負荷がかかる運動ではなく、平地でのウォーキングやプールでの水中ウォーキングがおすすめです。
日常動作の注意
変形性膝関節症の進行を防ぐためには、日常生活で膝に負担をかける動作を見直すことが必要です。特に膝周辺の筋力が低下している状態では、膝関節への負担が蓄積しやすくなります。例えば、長時間歩き続けることや階段の昇り降り、重い物を持ち運ぶ作業、立ち仕事などは、膝に大きな負担をかける動作です。
また、和式トイレの使用や正座のように、過度に膝を曲げる習慣も避けるべき動作の一つです。これらの動作が続くと、膝関節にかかるストレスが増大し、軟骨のすり減りを早めてしまいます。
特に階段の昇り降りでは、体重の5~8倍の負荷が膝にかかるため、膝の安定性が乏しい状態では無理をせず、エレベーターやエスカレーターを利用するなど負担を減らす工夫が必要です。
食生活の工夫
膝の健康を守るためには、適正体重の維持が欠かせません。そのためには、無理な食事制限ではなく、栄養バランスを意識した食生活を心がけましょう。
ダイエットと聞くと、食事量を減らすことを考えがちですが、過度なカロリー制限は逆効果です。エネルギーやたんぱく質が不足すると、体は筋肉を分解してエネルギーを作ろうとします。筋肉量が低下すると代謝が落ち、脂肪が燃焼しにくい体質になるため、体重が減りづらくなります。
膝への負担を軽減するためには、体重の管理が重要です。糖質の摂取を控えめにし、野菜やたんぱく質を積極的に取り入れる食事が理想的です。栄養バランスを整えながら、無理なく健康的に体重管理を行いましょう。
まとめ
変形性膝関節症は一度進行すると自然に治ることはありません。しかし適切なケアや生活習慣の見直しによって症状の進行を抑え、痛みを和らげることができます。したがって、変形性膝関節症と診断されたからといって悲観的になる必要はありません。また、再生医療のような新しい治療法も注目されており、自分に合った方法を選ぶことで、よりよい状態を維持することも可能になるでしょう。膝の健康を守ることは、豊かな人生を守ることにもつながります。まずは自宅で手軽に行える簡単なケアから、日々の生活に無理なく取り入れていきましょう。
参考文献