再生医療は近年さまざまな研究が進められ、実用化に向けた試験も多く行われている分野です。日本ではiPS細胞が注目を集めていますが、それ以外にもいくつか種類が存在します。
再生医療を有効に活用できれば、これまでと違ったアプローチで治療を行うことが可能です。既に実用化された医療も多く存在し、臨床試験を行っているものもあります。
今回は再生医療の実例と実用化について解説していきます。
再生医療とは
再生医療とは、人体に備わっている再生する働きを利用し、ダメージを受けた部位を正常な状態に戻すことを目的とした医療です。
再生医療に必要不可欠なのは、幹細胞と呼ばれる細胞です。細胞には体細胞と呼ばれる皮膚・血液のような役割を持っている細胞と、まだ役割が確定していない幹細胞に分かれています。
まだ役割が決まっていない幹細胞を培養し、ダメージを受けた部位に戻し機能を回復させるのが、再生医療が目指すゴールです。既に治療に活用されているものから、現在実用化に向けて研究が続いているものも存在します。
再生医療の実例
再生医療は現在さまざまな分野で実験が行われていますが、既に実用化しているものも存在します。再生医療の実現は治療の幅が増えるだけでなく、他の症例にも応用できる可能性があるため重要です。
再生医療が検討されている疾患は、これまでの医療では完治・寛解が困難とされているものが多いです。国の難病に指定されている疾患も多く、有名でないものも多く存在します。
そのため今回は再生医療が実用化している疾患について、どのようなメカニズムで発症・症状が出るか、どのように再生医療が利用されているかの2つの視点から解説していきます。
滲出型加齢黄斑変性
滲出型加齢黄斑変性(しんしゅつがたかれいおうはんへんせい)とは、網膜において視力を司る黄斑と呼ばれる部分が、加齢に伴い出血・漏出しむくみが生まれる疾患です。
治療法として血管内に阻害薬を注射・レーザーによる光線力学療法・硝子体手術などが既に存在していますが、新しい治療法としてiPS細胞を利用した細胞シート移植が2014年に初めて行われました。
治療後の経過は良好で、追加の治療なく視力が維持されたという経過報告が発表されています。今後は黄斑変性だけでなく、他の網膜疾患にも利用できると考えられ、現在も研究が続けられています。
パーキンソン病
パーキンソン病は手足の震え・筋肉の硬直などにより身体が動かしにくくなり、歩行障害・転倒が起こりやすくなる疾患です。現在もパーキンソン病の原因は解明されていません。
パーキンソン病を発症すると、脳にドーパミンと呼ばれる神経伝達物質が減ることが分かっているため、対処療法として脳内でドーパミンに変化する投薬治療が広く採用されています。
現在パーキンソン病の治療のために行われている臨床試験は、幹細胞をドーパミンを生み出す細胞になるよう誘導し、その細胞を脳内に移植する治療法です。
従来の投薬治療は年数経過ごとに効き目が悪くなり、増量する必要がありますが、増量は副作用の発生に繋がるため繊細な投薬コントロールが必要です。
再生治療によりドーパミンを増やすことが可能となります。しかし脳に移植するためには外科手術が必要となるため、患者さんの肉体的負担をどうするのか・細胞をどうやって成長させるのかが現在の課題です。
進行性骨化性線維異形成症
進行性骨化性線維異形成症(しんこうせいこつかせいせんいけいせいしょう)は、全身の筋肉・腱が骨に変化する指定難病の1つです。発症確率は200万人に1人程度とされています。
筋肉・腱が骨に変化する原因として、打撲・外傷が挙げられます。更にマッサージ・リハビリといった治療行為でも骨への変化が確認されており、外科的治療による悪化も確認されている疾患です。
現在は発症患者さんの遺伝子を採取し、その細胞を元にメカニズムの研究が行われています。この研究により、既に別の治療に利用されていた医薬品が他の骨異常に効果があることが判明しました。
現在は既に発生した骨組織への治療法の研究など、再生医療を活用した開発が行われています。
ペンドレッド症候群
ペンドレッド症候群とは、難聴・甲状腺腫・ヨウ素有機化障害の症状を発症する疾患です。他に内耳が通常の構造とは異なる所見や、めまいの症状が現れる場合があります。
遺伝性疾患であることが研究で分かっており、確定診断にも遺伝子分析が行われています。難聴を引き起こす遺伝子は数多く存在しているため、遺伝子分析の結果だけではなく、聴覚・音波・ヨウ素有機化障害といった検査も重要です。
iPS細胞を用いた研究により、マウスの実験だけでは発見できなかった知見を集め、それを元に治療候補薬の絞り込みが可能となりました。
重症心不全と心筋症
重症心不全とは心不全治療による改善が見られず、日常生活に制限を設ける必要がある状態を指します。重症心不全とは疾患の名前ではなく、心筋症・高血圧・不整脈などの原疾患により引き起こされる総称です。
重症心不全は補助心臓・心臓移植といった治療法が有効とされていますが、どちらも合併症・ドナー不足といった問題点があり、困難な状態が続いています。
重症心不全の再生治療の1つである、ハートシートと呼ばれる細胞シートを用いた治療法は、2016年に保険適用となった治療法です。血管・組織を生み出す手助けを行い、心筋細胞を守るのがハートシートの役割です。
血小板減少症
血小板減少症とは、基礎疾患や薬物などで血小板が減少している状態を指します。原因が見つからない場合、特発性血小板減少性紫斑病と呼ばれる疾患の可能性が高まります。
血小板が低下すると出血を起こしやすくなるため、血小板製剤による補給が必要不可欠です。血小板製剤の問題点として有効期限が4日程度と短く、献血者人口の減少による供給不足も懸念されています。
この問題点を解決するために、iPS細胞を用いた血小板生成の臨床実験が開始されており、患者さんによる臨床研究もすでに行われています。
脊髄損傷
脊髄損傷とは交通事故・スポーツ中の接触などで脊髄にダメージが入ってしまう疾患です。主に外傷により発症しますが、脊髄周辺の疾患でも損傷のような症状が発生する場合があります。
脊髄損傷は手足の麻痺・呼吸障害・筋力の低下など、発生個所によって症状はさまざまです。脊髄損傷による再生治療として、骨髄液を採取し幹細胞を培養し、点滴投与する幹細胞点滴治療が実用化されています。
期待される効果は損傷した組織・神経の再生や、神経回路の再構築です。
整形外科で行われている再生医療
再生医療は整形外科の現場でも、複数の治療法が実用化されています。再生医療に使用する材料はいくつか存在し、材料によって行える治療が異なることが特徴です。
整形外科で行われている再生医療は、細胞を採取し濃縮・増殖を行い補う手法が主に用いられています。血液を材料とした再生医療は短時間で準備が行えるため、通院・治療の負担を軽くできることもメリットの1つです。
ここからは、整形外科で実用化されている再生医療について解説していきます。
⾎液を材料にした再⽣医療
血液を利用した再生医療として、PRP(Platelet Rich Plasma)療法が挙げられます。これは患者さん自身の血液を採取し遠心分離機で成分を分離し、血小板が多く含まれた部分を注入する治療法です。
この治療法は歯科組織の再生・しわの改善・関節痛の軽減といった、さまざまな治療法に利用できます。またPRPに成長因子を追加し、効果を安定させることも可能です。
欠点として血液を固まりにくくする医薬品を服用している・悪性新生物(がん)の治療中など、血液を材料にできない患者さんは治療が行えない点が挙げられます。
軟⾻細胞を材料にした再⽣医療
軟骨細胞を培養し、欠損した軟骨部分に軟骨細胞シートとして移植する治療法が、現在実用化されています。この培養する軟骨シートは多指症と呼ばれる、特定の指が2つ生えている・指からイボが出ている患者さんから切除した細胞を利用するのが特徴です。
多指症は増殖する力が強いことが確認されており、細胞を確保するために有効なためです。現在は外傷による軟骨治療に利用されており、変形関節症には適応されていません。
細胞シートは再生医療だけでなく、創薬・培養食料などの幅広い分野の展開が期待されている分野です。
体性幹細胞を材料にした再⽣医療
体性幹細胞とは、骨髄・脂肪などから採取・培養できる幹細胞です。この細胞は骨・軟骨・血管などへ分化することが可能で、異種(どうぶつ)・同種(他の人間)・自己(自身)の細胞から選択できます。
現在の研究では感染・拒絶反応のリスクを考慮し、自己の細胞を元にした開発が中心です。再生医療で使用される細胞として、ES・iPS細胞などが注目されています。
体性幹細胞は増殖を行いたい箇所の細胞を採取する必要がある、というデメリットが存在します。
しかしES細胞のような倫理的課題や、iPS細胞のように予想外の分化を避けられるメリットも存在するため、現在も幹細胞を元にした研究は続けられています。
再生医療の実用化
再生医療はこれまでの治療では対応が困難だった疾患に対して、新しいアプローチが行える可能性を持った医療です。しかし実用化に至るまでにはさまざまな条件をクリアする必要があります。
安全面・治療効果が検証により証明され、そこから厚生労働省の認定を通ることで実用化が可能となります。更に認定が通った後はコストの削減や普及も行う必要があるため、再生医療の実用化は険しい道のりです。
再生医療のメリット・デメリット
再生医療は上記で解説した通り、自身の細胞をベースに増殖・加工を行うものが多く、拒否反応のリスクを下げることが可能です。
厚生労働省の認可を得た医院で行っている再生医療であるRPR治療は、上記に加え治療時間を30分程度に短縮できる点もメリットとして挙げられます。
デメリットとして、治療には保険が適用されない自費診療となる点です。例えば、幹細胞治療施術費用は1回で165万円(税込)程度かかる場合もあります。
費用は各クリニックによって異なるため、費用面が高額になる点には注意し、事前に確認しましょう。
再生医療に利用される細胞の種類
現在再生医療に使われている細胞として、ES細胞・iPS細胞・体性幹細胞の3種類が挙げられます。上記で解説しましたが、体性幹細胞は採取した箇所で分化できる細胞が決まっており、ES・iPS細胞はさまざまな細胞に分化が可能です。
それぞれの細胞にはメリット・デメリットが存在するため、実用化されている種類や使用されている研究・治療にも違いが存在します。
ここからはこの3種類の細胞について解説していきます。
ES細胞
ES細胞とは人の受精卵を利用した細胞であり、増殖力の高さと全ての細胞に分化できるのが特徴です。研究は1980年代から行われており、さまざまな研究が進められていた分野です。
しかし受精卵を用いるため倫理的な課題に直面しており、現在はその問題を回避した研究・治療法を模索しています。また受精卵を利用するため拒絶反応のリスクが高まっているのも、デメリットの1つです。
現在は実用化に向けた研究と並行し、倫理的な問題をどのようにクリアするかがES細胞研究では重要となっています。
iPS細胞
iPS細胞は、ES細胞と同様にさまざまな細胞に分化できる特徴を持った細胞です。ES細胞との違いとして、細胞を採取する元は患者さん自身から採取できることが挙げられます。
そのため拒絶反応が起きにくく、倫理的な課題を既にクリアしている点がES細胞との違いです。現在はこのiPS細胞を利用した再生医療に力を入れている国が多く存在し、日本も例外ではありません。
以前は培養した細胞ががん化するリスクが高まる、というデメリットが存在しましたが、現在ではがん化リスクを抑えた細胞の作製に成功しています。
しかしさまざまな細胞に分化する特徴による、特定の細胞への誘導が困難であるデメリットは未だに解決していません。
体性幹細胞
体性幹細胞は骨髄・脂肪・皮膚などに存在し、傷ついた部位を再生する働きを持っている細胞です。
自身の細胞を培養するため副作用が少なく、治療における負担が少ない点がメリットに挙げられます。そのため再生医療では、既に実用化されている治療も多く存在します。
デメリットは上記で既に取り上げましたが、分化できる細胞に限りがある点です。
分化出来る細胞に限りがあることは、細胞を誘導しやすいというメリットにもなります。そのため体性幹細胞治療はiPS細胞と並んで、現在研究が進められている分野です。
まとめ
今回は再生医療の実例について解説してきました。再生医療は現在さまざまな研究が行われており、実用化に至ったケースが少ないのが現状です。
また実用化に至っても自費治療が求められる場合が多いため、選択しにくいことも珍しくありません。しかし従来の治療法では完治・寛解に至らない疾患の治療法として、有効であると臨床試験で判明しているものも少なくありません。
再生医療による治療に興味がある場合は、再生医療の認可が下りている医院を調べて相談してみましょう。
参考文献