人口の高齢化に伴い、多くの高齢者が膝の痛みに悩まされています。この膝の痛みは、日常生活動作(ADL)を制限する一因にもなっています。
しかし、年齢を重ねてもなお「自分の足で歩きたい」と思う方は多いでしょう。
膝の人工関節置換術は、関節疾患による膝の痛みを軽減させ、歩行能力を改善させる代表的な治療法の一つです。
この記事では、人工膝関節置換術について詳しく解説します。手術を受ける予定の方や手術を検討している方は、ぜひ参考にしてください。
膝の人工関節置換術とは?
膝の人工関節置換術は、病気が原因で傷んだ膝関節を、インプラントと呼ばれる人工関節に置き換える手術です。
変形性膝関節症は、関節のクッションである関節軟骨がすり減ることで、膝の痛みが生じます。
関節リウマチは、関節を覆う滑膜の異常な増殖により、膝の痛みが生じます。病状が進行すると、関節軟骨や骨が破壊されてしまう疾患です。
これらの疾患は、関節軟骨を傷つけます。関節軟骨は自己修復能力に乏しいため、一度傷つくと再生できません。
人工膝関節置換術では、傷んだ関節軟骨を含む膝関節を人工関節に置き換えることで、痛みの原因を取り除きます。
この手術のメリットは、優れた除痛効果です。痛みが軽減することで歩行能力が改善され、日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)の向上につながります。
膝の人工関節置換術の種類
人工膝関節置換術は、全ての膝関節を人工関節に置き換える人工膝関節全置換術(TKA)と、傷ついた関節だけ置き換える人工膝関節部分置換術に分けられます。
両者の大きな違いは、正常な関節を温存するかどうか、です。
人工膝関節部分置換術は、さらに膝蓋大腿関節置換術(PFA)と人工膝単顆置換術(UKA)に分けられます。
PFAとUKAの違いは、どの部位に病変が存在するのか、です。
ここでは、これら3つの術式について、詳しく解説します。
人工膝関節全置換術
TKAは膝関節の全てを人工関節に置換する術式です。
除痛性・安定性・耐久性の面で非常に優れていて、世界で行われている人工膝関節置換術のうち、約9割がTKAといわれています。
この術式のメリットは、全ての症状に対して手術が可能なことです。具体的には、以下のような状態でも、TKAの適応になります。
- 関節軟骨や骨の摩耗や破壊が高度な場合
- 前十字靱帯を損傷している場合
- 重度のO脚やX脚
- 膝の内側や外側の靱帯が切れてグラグラの状態
- 膝が後ろに反りかえっている状態
つまり、どれだけ関節の状態が悪くても、ほぼ全ての症例に対して手術が可能です。
また、人工膝関節部分置換術よりも、人工関節の耐久年数が長いというメリットもあります。
一方で、膝関節の全てを人工関節に置き換えるため「膝の違和感が強く、膝の曲がりが悪い」というデメリットがあります。
手術前にどれだけ膝が曲がっていたかにもよりますが、術後の膝関節の平均可動域は0〜120°です。健常な人の膝関節の可動域は0~130°のため、ほぼ正常値まで改善できます。
しかし、深くしゃがみこむ動作には130°以上の屈曲が必要であり、正座をするためには150°の屈曲が必要です。
術後の膝関節の可動域には個人差がありますが、深くしゃがみ込む動作や正座は難しい場合が多いです。
膝蓋大腿関節置換術
PFAは病変が膝蓋大腿関節に限局している場合に行われる術式で、人工膝関節部分置換術の一つです。
PFAのメリットは、膝蓋大腿関節以外の正常な関節を温存できることです。
正常な関節を温存して部分的に人工関節に置換するため、膝の違和感が少なく、TKAでは難しい深いしゃがみ込みや正座ができる可能性があります。
また、骨を削る量や筋肉・腱を切開する範囲が狭いため身体への侵襲が少なく、入院期間も短縮されます。
しかし、高度な技術・経験が求められる術式のため、どの病院でもできる手術ではありません。また、手術をしなかった部分が経年的に悪化して、追加の手術が必要になるケースもあります。
人工膝単顆置換術
UKAは病変が膝の内側もしくは外側に限局している場合に行われる術式で、人工膝関節部分置換術の一つです。
ただし、膝の靭帯の機能が温存されていて、X脚やO脚などの変形が軽度の場合に限られます。
UKAのメリットとして挙げられるのは、病変部位以外の正常な関節を温存できることです。
正常な関節を温存して一部だけ人工関節に置き換えるため、術後の膝の違和感が少なく、TKAでは難しいとされる深くしゃがみ込む動作や正座ができる可能性があります。
また、骨を削る量や筋肉・腱を切開する範囲が少ないため身体への侵襲が少なく、術後の回復が早いです。そのため、退院までの期間も短くなります。
一方で、小さな部品で体重を支えるため、人工関節の耐久年数がTKAよりも短いというデメリットがあります。
また、高度な技術や経験が求められるため、どの病院でも手術ができるわけではありません。
さらに、手術をしなかった部位が悪化すると、将来的に追加の手術が必要になる可能性もあります。
人工膝関節に使用される素材
人工膝関節は、大腿骨部品・脛骨関節面部品(サーフェス)・脛骨部品・膝蓋骨部品の4つの部品から成り立っており、それぞれの部品に適した素材が用いられています。
主に使用される素材は、コバルトクロム合金・チタン合金・超高分子量ポリエチレンなどです。
ここでは、これら3つの素材について解説します。それぞれの素材が用いられている部品についても、併せて解説します。
コバルトクロム合金
コバルトクロム合金は、優れた強度と摩耗耐性を持ち合わせている金属で、大腿骨部品に用いられる素材です。
大腿骨部品は、大腿骨の関節面の役割を果たします。大腿骨部品は関節面がこすれ合うため、摩耗に強いコバルトクロム合金が主に用いられます。
チタン合金
チタン合金は、優れた生体適合性を有する軽量かつ強靭な金属で、脛骨部品に用いられる素材です。
脛骨部品は、脛骨の関節面の役割を果たします。脛骨部品は骨と直接接触する部分が広いため、生体親和性の高いチタン合金が主に用いられます。
超高分子量ポリエチレン
超高分子量ポリエチレンは、膝蓋骨部品とサーフェスに用いられる素材です。
膝蓋骨部品は、膝蓋骨の関節面の役割を果たします。サーフェスは、大腿骨部品と脛骨部品の間に位置し、関節軟骨の役割を果たします。
膝蓋骨部品やサーフェスは、摩擦の強い部分です。そのため、摩耗に特に強い超高分子ポリエチレンが用いられています。
人工膝関節全置換術の適応
人工膝関節置換術は、関節疾患が原因で引き起こされる膝の痛みに対して行われる、代表的な治療法です。しかし、これらの疾患に対して最初から手術療法をすすめるわけではありません。
ほかの治療では十分な効果が得られず、痛みや歩行障害の改善が乏しい場合に選択されます。
ここでは、人工膝関節置換術の適応になるケースについて、それぞれ解説します。
膝痛で日常生活に支障が出ている
膝の痛みに対しては、痛み止めの内服・湿布等の外用薬の使用・関節内注射・リハビリといった保存的治療を最初に行います。
しかし、関節の破壊の程度が強い場合、保存的治療では十分な除痛が得られません。
骨や関節を温存する手術で治療するのが難しい状態で、強い痛みにより日常生活に支障をきたしている場合は、人工膝関節置換術の適応になります。
保存的治療に抵抗がある
保存的治療は手術の前段階であり、膝の痛みに対しては、最初に行われる治療法です。病状の初期に主に行われる保存的治療には、以下の4つがあります。
- 薬物療法
- 装具療法
- リハビリ
- 生活指導
これらの保存的治療を行っても、十分な除痛効果が得られない場合、保存的治療に抵抗性があると判断されます。
その場合、人工膝関節置換術の適応になります。
関節裂隙が消失している
関節裂隙とは大腿骨と脛骨の間にある隙間のことです。関節裂隙はレントゲン写真で確認ができ、関節軟骨の厚みを示しています。
病気が進行して関節軟骨が破壊されると、関節裂隙は徐々に狭小化し、最終的には消失します。
関節軟骨が消失している場合は、人工膝関節置換術の適応症例です。
内外側の関節が変形している
変形性膝関節症が進行すると、関節軟骨がすり減り、O脚(内反変形)またはX脚(外反変形)といわれる膝関節の変形をきたします。
これらの初期症状は軽い痛みがある程度です。
しかし、進行すると強い痛みが生じ、歩行をはじめとする日常生活動作が著しく制限されます。このような場合は、人工膝関節置換術の適応になります。
人工膝関節全置換術の手術方法とは?
それでは実際、TKAはどのような流れで行われているのでしょうか。実際の手術の流れを、以下に簡単に示します。
- 麻酔をする
- 膝の皮膚を切開
- 大腿骨・脛骨の関節表面を削る
- 人工関節を骨に固定
- 膝の周囲の靱帯を調節する
- ドレーンを挿入し、閉創する
これらの手技は手術室に入室してから退室までの間に行われます。
手術自体の時間はおよそ1時間程度ですが、準備や麻酔の時間を含めると、手術時間は2時間程度です。
人工膝関節全置換術の合併症
手術にはさまざまな合併症のリスクが存在します。主な術後合併症には、以下の3つが挙げられます。
- 出血
- 感染
- 静脈血栓塞栓症
これらの術後合併症に対して、医療者はさまざまな予防策を講じ、早期発見に努めています。
また、患者さん自身が合併症に対して理解を深めることは、術後合併症の予防・術後の早期回復にも重要です。
ここでは、術後に生じやすい合併症について、詳しく解説します。
出血
人工関節の部品を設置するためには、骨切りをします。骨は血液が豊富に巡っている組織のため、骨切りをすれば出血は避けられません。
そのため、以前は出血量が多く、術後に輸血をすることも多い手術でした。
しかし現在は、以下のような予防策を講じることで、総出血量を400ml程度に抑えることが可能です。
- 手術中は大腿にターニケットを巻いて、駆血しながら手術を行う
- 手術中に止血剤を点滴投与したり、術後に関節内に止血剤を注入したりする
そのため、貧血がない患者さんであれば、輸血をする必要もなく手術が可能です。
また、術後に閉創した後も、骨からの出血は48時間程度続きます。関節内に血液が溜まり血腫になるのを防ぐために、関節内にドレーンを留置して、体外に血液を排出します。
排出された血液はドレーンを通ってドレーンバックに溜まり、出血の量や性状などを観察することができるため、異常の早期発見が可能です。
さらに、術後には血液検査で貧血の有無も確認します。術中・術後の出血が多かった場合は貧血になるため、体を起こす際や立ち上がる際にふらつくことがあるため、転倒に十分な注意が必要です。
感染
骨や関節は、本来は無菌の組織です。しかし、手術中に細菌が侵入すると、創部感染を引き起こします。
手術は呼ばれる空気中の細菌が極力少ないクリーンルームで行い、術後には抗生剤を予防的に投与します。
このような対策を講じても、創部感染は約1~3%の割合で生じているのが現状です。さらに、糖尿病・関節リウマチ・ステロイド治療中の方は、易感染状態のため感染率は高くなります。
早期の創部感染症であれば、人工関節を温存して治療が可能です。
しかし、創部感染が生じた多くの場合は、人工関節を一度抜去してから感染症の治療を行います。そして、感染症が鎮静化した後に、人工関節の再置換を行います。
創部感染の症状として挙げられるのは、創部の痛み・腫脹・熱感・発赤です。また、術後の血液検査でも感染の有無をチェックしています。
静脈血栓塞栓症
手術で出血すると、生体防御反応が働き、体内の血液は固まりやすくなります。
加えて手術中は長時間同じ姿勢であること、術後もベッド上安静が必要なことから、下肢の静脈では血栓ができやすくなります。
下肢の静脈に血栓ができた状態を静脈血栓塞栓症といい、その血栓が剥がれ落ちて肺に到達し、肺の血管に詰まった状態が肺塞栓症です。
肺塞栓症は重大な合併症となることがあり、肺塞栓症の予防には、静脈血栓塞栓症の予防が重要です。
静脈血栓塞栓症を予防するために、手術中から弾性ストッキングや空気ポンプを下肢に装着したり、血栓予防の薬を服用したりします。
上記以外にも、患者さん自身で行える予防策があります。それは、ベッド上安静のときでも、足首を動かして血液の流れを促すことです。
ベッドで横になっている時は定期的に足首の運動をし、離床後は積極的に歩行練習をして、下肢を動かすようにしましょう。
ただし、これらの運動は医師や看護師の指示に従って行いましょう。
まとめ
膝の痛みが原因で歩くのが辛い状態が続くと、ADLだけでなくQOLの低下にもつながります。
人工膝関節置換術は、膝の痛みを軽減し歩行能力が改善することで、QOLの向上につながる治療法です。
膝の痛みがなく自由に歩くことができれば、日常生活動作がスムーズになるだけでなく、諦めていたかもしれない趣味や運動を再びできるかもしれません。
この記事が、人工膝関節置換術を受ける方や検討をしている方の、手術に対する不安を解消できれば幸いです。
参考文献
- 人工膝関節手術|東京女子医科大学整形外科
- 「変形性膝関節症」|公益社団法人 日本整形外科学会
- 「関節リウマチ」|公益社団法人 日本整形外科学会
- 3_関節可動域表示ならびに測定法_2022年改訂 高解像度 20211012
- 下肢のROMとADL
- 膝関節のしくみ|愛媛大学医学部附属病院 人工関節センター
- 人工膝関節について|独立行政法人 国立病院機構 栃木医療センター
- 理学療法ハンドブック シリーズ7 変形性膝関節症
- 重度変形性膝関節症患者の膝関節位置覚に対する 装具療法の効果
- 変形性膝関節症|北里大学北里研究所病院
- 人工関節・軟骨移植外来(人工関節・軟骨移植センター)|北里大学北里研究所病院
- 人工関節| 独立行政法人 労働者健康安全機構 東京労災病院
- 人工膝関節置換術|日本赤十字社さいたま赤十字病院
- 人工膝関節置換術後におけるドレナージ管理に関する研究 -アクティブドレナージ法の有用性とドレーン管理の再考
- 静脈血栓塞栓症について
- 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)と肺塞栓症予防のための説明書