ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気をご存知でしょうか。ALSは、運動神経が損傷して筋肉が萎縮、筋肉に力が入らなくなったりする原因不明の病気です。
ALSに対する新たな治療として幹細胞再生医療が注目されていますが、具体的な効果やメリット・デメリットなどは広く知られていません。
この記事ではALSの幹細胞再生医療の効果・副作用・治療期間などについて解説します。
ALSの発病率は低いものの、高齢化が進むにつれ患者数が増加傾向にあります。この記事でALSと治療法への理解を深める手助けができれば幸いです。
ALSの幹細胞再生医療の効果やメリット・デメリット
- 幹細胞再生医療とはどのようなものですか?
- 再生医療は、病気や怪我で機能不全になった組織や臓器を再生させる医療です。また幹細胞とは、多様な種類の細胞に分化する能力を持つ細胞のことで、胚・胎盤・骨髄・脂肪組織などから採取されることがあります。
分化することで、神経細胞・筋肉細胞・心臓細胞・血液細胞など、さまざまな種類の細胞に分化することができます。幹細胞再生医療は体外で培養して増殖させた幹細胞を患者さんの体内に移植することで、損傷した臓器や組織の機能の回復を目指す医療のことです。
この技術を用いて難病の原因解明や薬の開発も行われています。
- ALSとはどのような病気ですか?
- ALSは筋萎縮性側索硬化症とも呼ばれ、脳から脊髄まで信号を伝える上位運動ニューロンと、それを受けて脊髄から信号を発し筋肉を収縮させる下位運動ニューロンが障害をきたす原因不明の進行性疾患です。
特徴的な症状として、筋萎縮と筋力低下があります。初めは手足が痩せたり力が入らなくなり、筋萎縮が徐々に全身に広がると、歩行困難・言語障害・嚥下障害・呼吸障害などを引き起こします。原因についての研究が進んでいますが未だ解明されておらず、根治療法は存在しません。
現在は薬物療法で病気の進行を遅らせる方法がとられており、新たな治療法の開発が少しずつ進んでいます。
- ALSの幹細胞再生医療の効果を教えてください。
- 幹細胞は、さまざまな細胞に分化する力と、自らと同じ細胞を作り出す自己複製能力を持ちます。幹細胞再生医療はこれらの力によって組織修復を促し、自然治癒力を高め、失った組織を再生することが可能です。
また幹細胞には以下のような効果もあり、これらによって損傷した組織の回復が促進されます。- ホーミング効果:体内で損傷した組織はSOS信号を出し、幹細胞を呼び寄せることができます。このように幹細胞が損傷した組織に集まっていく効果を、ホーミング効果といいます。幹細胞再生医療では患者さんの組織から取り出した幹細胞を体外で増殖させ、ご自身の体内に戻す治療です。体内に戻された幹細胞はホーミング効果で損傷した組織に集まり、回復効果を高めます。
- サイトカインやエクソソームの分泌:幹細胞は損傷した組織でサイトカインやエクソソームと呼ばれる物質を分泌します。サイトカインやエクソソームには細胞活性のカギとなるタンパク質やホルモン様作用を持つ物質が豊富に含まれ、体内の損傷を受けた組織や細胞の機能回復において重要な役割を持っています。幹細胞再生医療は、幹細胞が分泌するこれらの物質の効果により、老化などにより衰えた細胞の回復を促すことが可能です。
- ALSの幹細胞再生医療のメリットはどのようなものですか?
- 幹細胞再生医療のメリットとして、以下のものが挙げられます。
- 多くの場合は入院を必要としないため、日常生活や仕事の負担にならない
- 患者さんご自身の細胞を使用するため、拒絶反応や副作用のリスクが少ない
- 大規模な手術を必要としない
- 長期間の治療効果が期待できる
- ALSの幹細胞再生医療にデメリットはありますか?
- 幹細胞再生医療のデメリットとして、以下のものが挙げられます。
- 保険がきかないため、治療費が高額になる
- 新しい治療方法のため長期的な治療データが少ない
- 細胞採取の際、小さな傷ができる
- 治療効果が出るまで時間がかかる場合がある
ALSに対する幹細胞再生医療法について
- ALSに対する幹細胞治療の種類はどのようなものがありますか?
- 幹細胞治療の種類には、以下のものがあります。
- 乳歯幹細胞培養上清治療:子どもの乳歯から採取した幹細胞を培養した上澄み液を点滴することでサイトカイン(成長因子)を末梢神経に届ける治療です。乳歯由来の幹細胞から分泌されるサイトカインはほかの幹細胞に比べて多く、さまざまな病気に効果があると期待されています。
- 脂肪組織由来間葉系幹細胞治療:患者さんの血清と、腹部や臀部などの脂肪組織を米粒大2〜3個ほど採取し、脂肪組織由来の間葉系幹細胞を約1ヶ月間培養します。培養した脂肪組織由来間葉系幹細胞を3〜4週間おきに6回ほど投与し、経過観察します。間葉系幹細胞の持つ神経栄養保護作用・血管新生作用・神経再生作用などによってALSの進行を抑制することが期待できます。しかし進行を止めたり、治癒に至るというわけではありません。
- ALSの幹細胞再生医療の副作用にはどのようなものがありますか?
- 幹細胞再生医療での脂肪組織採取時や細胞投与後に起こりうる合併症や副作用として、以下のものが挙げられます。しかし、これらの発症率はいずれも5%以下です。
- 皮下血腫
- 創部からの出血
- 創部の痛み・腫れ
- アナフィラキシー反応(急性アレルギー反応による冷汗・吐き気・嘔吐・腹痛・呼吸困難・血圧低下・ショック状態)
- ALSに対する再生医療の一種「培養上清治療」について教えてください。
- 培養上清治療とは、幹細胞を培養する過程で精製される上澄み液である培養上清液を用いた治療法です。培養上清液は、ヒトから採取した幹細胞を動物由来成分を含まない完全無血清培地で培養して増やし、遠心分離させて細胞成分を取り出し滅菌処理などの処理をして作られた上澄み液です。
研究により、培養上清液に大量に含まれるサイトカイン(成長因子)が、細胞の再生に重要な役割を果たしていることが分かっています。培養上清液に含まれるサイトカインには、以下の4つの効果があるといわれています。これらの効果により、組織や臓器の再生が期待できます。- 炎症を抑える
- 炎症で傷ついた細胞を保護する
- 体内の幹細胞を必要な場所に誘導する
- 新たな血管を作る
培養上清治療では、患者さんご自身の細胞ではなく、他の人の細胞を培養した際の培養上清液を使用します。そのため、ご自身の細胞を採取して培養する場合のように数ヶ月の期間を要することはなく、既に培養されているものを使用してすぐに治療できます。
また培養上清液に含まれるサイトカインが臓器に作用するため、すぐに効果が期待できます。さらに培養上清液には細胞自体は含まれていないため、ガン化などのリスクが極めて低いというメリットもあります。
ALSの幹細胞再生医療の治療について
- ALSの幹細胞再生医療の治療期間はどのくらいですか?
- 幹細胞再生医療の治療期間は、治療方法やクリニックによって異なります。患者さんご自身の細胞を採取して培養した後に体内に投与する場合、治療期間はおよそ7ヶ月ほどになります。
培養上清液を点滴する治療の場合、細胞を培養する期間が必要ないので治療期間はおよそ半年になります。
- 治療費の相場はいくらになりますか?
- 幹細胞再生医療の治療費も治療方法やクリニックによって異なりますが、健康保険の適用が認められておらず、自由診療(自己負担)となります。
培養上清液を点滴する場合、1回につき約40万円(税込)ほどになります。これを週1回、合計4回ほど行うと合計160万円(税込)ほどかかります。
患者さんご自身の細胞採取から、幹細胞培養、幹細胞投与まで行うと合計でおよそ300万円(税込)ほどになる場合もあります。
編集部まとめ
この記事では、ALSの幹細胞再生医療の効果・副作用・治療期間などについて解説しました。
ALSは筋肉に力が入らなくなったり、筋肉が小さくなったりする原因不明の病気で、投薬により病気の進行を遅らせる方法はありますが根治療法はありません。
今までにさまざまな研究が行われており、新たな治療法が開発される中で幹細胞再生医療が注目されています。 幹細胞再生医療は幹細胞が分化する力や自己複製能力、分泌するサイトカインなどの作用によって損傷した組織や臓器の機能を回復させる医療です。
入院を必要としない、拒絶反応が起こりにくいなどのメリットがありますが、健康保険の適用が認められておらず治療費が高額になることがあります。
ALSを完治させる方法はまだありませんが、今後新たな治療法が開発されることが期待できます。この記事がALSと幹細胞再生医療について知る一助となれば幸いです。
参考文献