最近よく聞く「幹細胞」とは何かご存知でしょうか。
幹細胞は、私たちの体内で細胞を補充する能力を持つ特殊な細胞です。幹細胞は、皮膚や赤血球など、さまざまな細胞を生成する能力(分化能)と、自己複製能を持っています。大きく分けて、特定の組織や臓器の細胞を生成する「組織幹細胞」と、どのような細胞でも生成可能な「多能性幹細胞」があります。
現在、これらの特性を利用した新しい治療法が日々研究されており、幹細胞を利用した腎疾患の治療も注目を集めています。
そこで本記事では、幹細胞治療と腎臓病について以下の点を中心にご紹介します!
- 幹細胞治療とは
- 代表的な腎疾患
- 細胞を利用した腎疾患の治療研究・開発
幹細胞治療と腎臓病について理解するためにもご参考いただけると幸いです。
ぜひ最後までお読みください。
そもそも幹細胞治療とは
「幹細胞治療」とは、私たちの体内に存在する特殊な細胞、「幹細胞」を用いて、損傷した細胞や組織を修復し、再生する治療法のことを指します。
幹細胞は、前述したとおり自己複製能力と分化能力を持つため、皮膚、血管、筋肉、神経などの新しい組織を生成することが可能とされます。
幹細胞治療では、患者さん自身の脂肪などから幹細胞を採取し、それを培養してから患者さんに投与します。そのため、アレルギーや拒絶反応のリスクが少ないとされています。
幹細胞治療が期待できる効果は多岐にわたり、創傷治癒、分化、免疫調節などがあります。これにより、糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞、肝機能障害、アレルギー疾患など、さまざまな疾患の治療に応用することが可能といわれています。そのため、従来の治療法で効果が期待できなかった患者さんにとって、新たな治療の選択肢となります。
腎疾患に関する基本知識
以下で、代表的な腎疾患や、腎臓の基本知識について詳しく解説します。まずは腎臓の構造や機能についてです。
腎臓の構造と機能
腎臓は、体液の恒常性を維持するための重要な器官です。
腎臓の主な機能は、血液中の老廃物や塩分をろ過し、尿として体外に排出することです。この役割を果たすのが、「糸球体」と呼ばれる部分で、糸球体は細い毛細血管が毛糸の球のように丸まって形成されています。
また、腎臓はホルモンの分泌も調節し、血圧や尿量をコントロールします。
糸球体でろ過された尿(原尿)は、健常な人では1日に約150リットルにもなりますが、その約99%は再吸収されます。この再吸収作業を担当するのが尿細管です。尿細管では、老廃物以外の栄養素やミネラルも再吸収され、体内の水分量やミネラルのバランスを調整します。
腎臓は、エリスロポエチンというホルモンを分泌し、赤血球の産生を促進します。
さらに、ビタミンDを活性化させ、カルシウムとリンの吸収を調節します。
これらの機能により、腎臓は体液の恒常性を維持し、身体の健康を保つ役割を果たします。
代表的な腎疾患
次は、代表的な腎疾患をいくつか紹介します。
ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群は、尿中に大量のタンパク質が排出され、結果として血液中のタンパク質が減少(低タンパク血症)し、むくみ(浮腫)が発生する疾患です。
むくみは、血管内の水分が減少し、血管外の水分と塩分が増加することで発生します。
重度の場合、肺や腹部、さらには心臓や陰嚢にも水分が溜まります。
また、低タンパク血症は血液中のコレステロールも増加させます。
さらに、腎不全、血栓症(肺塞栓症、心筋梗塞、脳梗塞など)、感染症などの合併症のリスクもあります。
糸球体腎炎
「糸球体腎炎」は、腎臓の病気の一つで、腎臓の糸球体と呼ばれる部分が炎症を起こす状態を指します。
糸球体は腎臓の細かな構造の一部で、前述したとおり血液のろ過の働きを担っています。この糸球体が炎症を起こすと、腎臓の機能が低下し、体内の老廃物の排出や水分の調節がうまく行えなくなります。
糸球体腎炎は、感染後急性糸球体腎炎やIgA腎症など、さまざまな形で現れます。
これらの疾患は、腎臓の病変により分類され、病変の程度や進行速度により症状や治療法が異なります。
その他(糖尿病性腎症など)
腎臓疾患は多種多様で、間質性病変、嚢胞性病変、全身性の病変などもあります。
注目すべき疾患として、腎硬化症、糖尿病性腎症、膠原病にともなう腎臓病変があります。
腎硬化症は、長期間にわたる高血圧が引き起こす動脈硬化が主な原因とされています。
腎臓は細い血管が密集しており、これらの血管が硬化すると血液の流れが悪くなり、結果として腎臓の機能が低下し、腎不全に至ることがあります。
糖尿病性腎症は、糖尿病の合併症です。
糖尿病が引き起こす長期的な高血糖状態により、グルコースと細胞の物質が反応し、糸球体の毛細血管を構成する血管細胞が損傷を受けることがあります。
これにより腎臓の機能が低下し、人工透析が必要となるケースが多く見られます。
膠原病による腎臓病変は、全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病が原因で発生します。
エリテマトーデスの合併症としてループス腎炎が起こり、重度の腎不全を引き起こし、多くのケースで人工透析が必要となります。
慢性腎臓病の治療の難しさ
腎臓疾患は「腎臓の機能が低下し、腎臓の働きに支障をきたすもの」と定義されます。急性と慢性の両方の形で発生し、急性の場合は腎臓機能の回復が期待できますが、慢性の場合は回復の可能性が低いです。
腎臓疾患は初期から中期にかけては無症状であることが多く、自覚症状が出る頃には病状はかなり進行しています。
重症化した場合の治療法としては腎移植があります。
特に慢性的な腎臓疾患は、気づいたときにはすでに重症化している場合が多く、尿毒症の症状が出現した時点で人工透析治療が必要となることが多いようです。
腎疾患の治療が期待される多能性幹細胞:iPS細胞
以下からは、腎疾患の治療が期待されているiPS細胞について紹介します。
iPS細胞の特徴
iPS細胞は、2006年に京都大学の山中伸弥教授によって開発された新型の多能性幹細胞です。これらの細胞は、人間の皮膚や血液などの体細胞から作製され、さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力を持つことが特徴です。
iPS細胞の利用は、再生医療や疾患の原因解明、新薬開発などに期待されています。
特に、腎疾患の治療においては、iPS細胞から分化誘導した細胞を移植することで、機能を回復させる可能性があります。
iPS細胞の活用法
iPS細胞の利用は、再生医療や疾患の原因解明、新薬開発などに期待されています。
例えば、糖尿病や神経損傷の治療において、iPS細胞から作られた特定の細胞を移植することで、機能の回復が期待されます。
また、難治性疾患の研究においては、患者さんの体細胞から作ったiPS細胞を用いて、病気の進行を再現し、その原因を探ることが可能とされます。
特に、腎疾患の治療においては、iPS細胞から分化誘導した細胞を移植することで、機能を回復させる可能性があります。
iPS細胞の課題
iPS細胞は再生医療の可能性を秘めていますが、腫瘍形成のリスクや高い作製コスト、時間が課題となっています。安定性向上のための研究が進められており、初期化因子の選択や導入方法、細胞の選別技術などが開発され、これらの課題を克服するための努力が続けられています。
iPS細胞を利用した慢性腎臓病の治療研究・開発
iPS細胞を利用した慢性腎臓病の治療研究・開発が現在進められています。
慢性腎臓病(CKD)は、日本国内で約1,330万人、成人の8人に1人が影響を受けているといわれています。
現在の慢性腎臓病の治療法は、一度進行した腎機能を取り戻すものではないので、新たなCKD治療法の開発は急務となっています。
そんな中、リジェネフロ株式会社が、ヒトのiPS細胞を用いて生成した腎前駆細胞を被膜の下へと移植することで、CKDの進行を抑える技術の開発・実用化を目指していると発表しました。
この技術は、人工透析や腎臓移植を必要としない、新しい治療手段として期待されています。
腎疾患の治療が期待される体性幹細胞:間葉系幹細胞(MSC)
次に、幹細胞の中の組織幹細胞の分類とされる間葉系幹細胞(MSC)について紹介します。
間葉系幹細胞(MSC)の特徴
間葉系幹細胞(MSC)は、人体のさまざまな部位に存在し、特定の表面マーカーを持つ細胞です。これらの細胞は、骨、軟骨、脂肪細胞に分化する能力を持ち、一部の組織細胞にも分化可能といわれています。
MSCは、免疫細胞からの攻撃を回避し、免疫抑制・免疫制御因子を分泌します。これにより、炎症環境下での免疫抑制の働きがあり、臓器再生を助けます。
また、MSCはHLA-DRの発現が低く、拒絶反応を起こしにくいため、他家移植が可能とされます。
間葉系幹細胞(MSC)の種類
間葉系幹細胞には骨髄由来のものと脂肪由来のものがあります。それぞれ解説します。
骨髄由来
骨髄由来の間葉系幹細胞(MSC)は、骨髄内での造血を支え、免疫反応を抑える役割を果たします。骨髄由来のMSCは主に骨髄液から採取され、現在の治療に広く使用されています。
しかし、最近の研究では、ほかの臓器からもMSCを作製できることが明らかになってきました。
脂肪由来
脂肪由来の間葉系幹細胞(MSC)は、脂肪組織から取得でき、骨髄由来のMSCよりも優れた特性を持つとされています。脂肪由来のMSCは、免疫調整能力が高く、腫瘍化のリスクが低いとされています。
また、採取が容易で、患者さんへの負担が少ないという利点もあります。
間葉系幹細胞(MSC)の課題
間葉系幹細胞(MSC)の治療応用には、いくつかの課題が存在します。
まず、MSCが体内でどのように分布し、どこで働きかけるのかはまだ解明されていません。これを解決するために、生体内イメージング技術や細胞ラベリング技術が活用されています。
また、治療を達成するためにMSCの品質を保証するための評価基準の設定が求められています。
評価基準の設定には、MSCの働きのメカニズムの解析が必要で、基礎研究と臨床応用の双方からのフィードバックが不可欠です。
間葉系幹細胞(MSC)を利用した腎疾患の治療研究・開発
間葉系幹細胞(MSC)を用いた腎疾患治療の研究は、骨髄由来間葉系幹細胞と脂肪由来間葉系幹細胞の使用による腎臓を保護する働きの報告から始まりました。
また、最近の研究では、低血清培養法により得られた脂肪由来間葉系幹細胞が、通常の脂肪由来間葉系幹細胞や骨髄由来間葉系幹細胞よりも強い腎保護の働きを示すことが確認されました。
iPS細胞と間葉系幹細胞(MSC)の違い
iPS細胞と間葉系幹細胞(MSC)の違いを説明します。
まず、iPS細胞は全身の細胞から得られ、多分化能を持つことが特徴です。
また、他人由来の場合、拒絶反応が起こる可能性があります。
そして、腫瘍化のリスクが高く、費用も高額で、準備期間も長いという課題があります。
一方、MSCも全身の細胞から得られ、限定的な分化能を持つことが特徴です。
そして、MSCの利点は、他人由来でも拒絶反応が起こらない免疫調整能を持つことです。
これにより、MSCは移植療法において有望な細胞とされています。
さらに、腫瘍化のリスクが低く、準備期間も短いという利点があります。
幹細胞治療の研究から実用化まで
「幹細胞治療の研究から実用化まで」のプロセスは、科学と法規制の進歩により、大きく進展しています。
再生医療に関する法律が施行され、治療の妥当性が確認された場合、再生医療を用いた治療が実施できるとされています。
この法律により、再生医療の分野で使用される医療機器や薬品は、ほかの専門分野より開発から臨床までの期間を短くすることが可能といわれています。
再生医療の治療は、厚生労働省の定めた基準に合致しているかを審査する「認定再生医療等委員会」によって監督されています。
認定再生医療等委員会は、医療や法律などの有識者で構成され、治療の提供計画書を審査し、治療の実施を停止する指示を出す場合もあります。
再生医療の実用化に向けた取り組みは、日本が世界でも短期間で再生医療製品が承認される国となる一因となりました。
こういった努力により、再生医療は現実の治療法としてますます浸透していくことでしょう。
まとめ
ここまで幹細胞治療と腎臓病についてお伝えしてきました。
幹細胞治療と腎臓病の要点をまとめると以下のとおりです。
- 幹細胞治療とは、体内に存在する特殊な細胞、「幹細胞」を用いて、損傷した細胞や組織を修復し、再生する治療法のこと
- 代表的な腎疾患として、ネフローゼ症候群や糸球体腎炎、糖尿病性腎症、腎硬化症などがある
- iPS細胞や間葉系幹細胞を利用した腎疾患の治療の研究が進められており、今まで腎機能を取り戻す治療が難しかった慢性腎臓病や糸球体腎炎などの難病でも、今後治療ができるようになることが期待されている
これらの情報が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。