歯周病は30代以上の日本人の約8割に徴候があるといわれます。進行はまちまちですが10人に1人は重症化し、40代以上が歯を失う原因1位を占めています。
口腔のトラブルに収まらず、全身に影響があるのも歯周病の特徴です。糖尿病の合併症として知られているほか、脳梗塞や心筋梗塞のリスク因子でもあります。
こうした歯周病の治療に新たな道を開拓しているのが再生医療です。中でも歯を支える組織の再生を目指す歯周組織再生療法は、歯を失わず治療できる可能性が期待されています。
この記事では再生医療による歯周病治療について紹介します。あわせて、治療の種類やメリット・デメリットを解説しますので参考にしてください。
再生医療による歯周病治療について
再生医療とは、機能が損なわれたり失われたりした組織や臓器に細胞や人工的な材料を活用して回復を試みる治療です。
それ自体では再生しない脳神経や肝臓などが機能を取り戻す可能性があり、従来は不治・難治とされてきた病気やケガに対する新しいアプローチとして近年注目されています。
成人の歯は一度失うと再生しません。再生医療は、抜歯してインプラントするといった選択肢しかなかった歯周病治療に革新をもたらしました。
歯周病は歯周病原細菌の感染により起こる炎症性疾患です。歯を支える歯茎などの組織が慢性的な炎症により破壊されます。
多くは年単位でゆっくりと症状が進み、患者さん本人の自覚がない場合が少なくありません。気がついたときには歯周組織の破壊が進んでいることが多々あります。
歯肉出血・歯石・歯周ポケットといった症状があっても痛みがないことは少なくありません。そのままにしているうちに症状が進行して歯が抜けてしまうといった事態になりかねません。
そこまでいかなくとも治療過程で抜歯が必要になることがあり、40代以上の日本人が歯を失う原因1位となっています。
一度失った歯は生えてこないため、歯周病治療には歯を失う恐れや苦しみが付きものでした。この課題に新しい可能性を広げたのが再生医療です。
歯周病の治療は大きく歯周基本治療と歯周外科治療に分けられます。歯周病治療における再生医療は歯周外科治療で発展しました。
歯周基本治療は歯周病の原因であるプラーク(歯垢)や歯石を除去し、ケアやコントロールを徹底して行うことで症状を改善させます。
歯周基本治療では対応しきれない状況に対して適用されるのが歯周外科治療です。代表例がフラップ手術・歯周形成手術・歯周組織再生療法です。
フラップ手術では、歯肉を切開し歯根や歯槽骨を露出させて歯石や感染歯質を除去します。歯周形成手術はいわば見た目の改善で失った歯茎などを外科的に作り直します。
再生医療に当たるのが歯周組織再生療法です。手術を通じて歯を支える歯周組織の再生を目指します。
歯科領域における再生医療として脚光を浴びました。1990年代から研究と臨床応用が進み、特に歯周病治療の分野において発展しました。
再生医療による主な歯周病治療の種類
歯周病の治療に再生医療を活用する方法はいくつかあります。日本臨床歯周病学会が歯周組織再生療法としてあげているのは下記の5つです。
- GTR法
- エナメルマトリックスタンパク質(エムドゲイン)を応用した手術法
- 塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor:FGF2)製剤(リグロス)を応用した手術法
- 骨移植
- その他の生物学的生理活性物質を応用した手術法
それぞれの方法は症状や治療ニーズなどに応じて選択されます。ここでは上記のうち代表的な4つの手法について紹介します。
GTR法
GTR法(Guided Tissue Regeneration)は歯周組織再生誘導法ともいわれます。人工膜を使って歯を支える歯槽骨と呼ばれる骨が再生できるスペースを確保する方法です。
歯周病は進行にともない、歯を支えている組織が破壊される疾患です。組織を再生するにあたってまず手術で、破壊された部分に組織が再生するためのスペースを作ります。
そのスペースで歯肉や歯槽骨が再生するのですが、歯肉のほうが再生スピードが早いのでそのままだと骨が再生するスペースがなくなってしまいます。
ここで歯と歯槽骨を分けるのがGTR法です。歯肉の上皮や歯肉結合組織といった細胞を人工膜で遮蔽することで、膜で覆われたスペースは歯肉が再生されなくなります。
確保されたスペースで歯槽骨が再生され、歯周組織再生へと誘導されていくのです。再生を促進するための薬剤を併用することなどもあります。
術式自体は難易度が高く、複雑な骨欠損に対しての応用が難しいなどの検討事項や課題もあります。
エムドゲイン
エムドゲインは治療に用いられる製品名で、歯周組織の再生に重要な役割を果たすエナメルマトリックスデリバティブ(EMD)というタンパク質を主成分とします。
実際の治療は歯肉を切開し歯根や歯槽骨に付着した歯石や感染歯質を除去するフラップ手術の応用です。このときエムドゲインを直接塗布します。
EMDが残存組織の細胞に働きかけ、歯根膜や歯槽骨の再生を促すことで、歯周病によって損傷を受けた歯周組織の再生を誘導します。
リグロス
エムドゲイン同様、フラップ手術に応用することで歯周病の進行抑制だけでなく機能回復が期待される歯周組織再生療法のひとつです。
リグロスは、塩基性線維芽細胞増殖因子と呼ばれる因子が主成分の製品です。人工的に精製されたタンパク質で細胞を増やす作用があります。
実際の治療ではフラップ手術でプラーク(歯垢)・歯石などを取り除いた後、骨欠損部分にリグロスを塗布します。
リグロスは歯根や血管内皮の細胞の増殖や遊走を促進する作用があるので、血管新生が誘導され、歯周組織を再構築する環境が整えらます。
これにより、歯槽骨や歯根膜などの歯周組織の再生が促進されるのです。
リグロスの主成分は、以前から医療においてやけどや床ずれなどの治療に使用されていた成分と同じで、2017年保険適用になりました。
骨移植
歯を支える骨が失われた部位に骨移植材を移植します。目的は移植による欠損部位の補填で歯周組織を安定させることです。
歯の支えを強くし、機能と審美的な観点での向上が可能で、さまざまな骨欠損の形態に適用されます。一方で移植材を保持する骨壁数が多いほど結果は良好な傾向があります。
GTR法やエムドゲイン・リグロスを応用した手術などほかの治療と併用されることがあるのも特徴です。
移植する材料は自身の肉体のほかの部位から採取する自家骨のほか、他家骨・人工骨などがあります。
広く用いられるのは自家骨です。理由は機能面で優れており移植時の免疫不全などの懸念が抑えられるためです。
一方で自家骨は患者さんによって採れる部位や量に限界があります。骨を採取する手術も行うため負荷が大きい点も検討課題になっています。
人工骨としてよく用いられるのはハイドロキシアパタイト(hydroxyapatite)や三リン酸カルシウム(phosphate tricalcium)です。
歯の再生医療で改善できる可能性がある悩みは?
歯の再生医療を受けることで「歯がぐらぐらしている」「歯茎が腫れる」「歯茎が下がっている」といった症状を改善できる可能性があります。
たしかに抜歯は噛む・話すといった口腔機能が損なわれるだけでなく全身に影響を及ぼす可能性があります。審美面でストレスが生じる患者さんもいるでしょう。
ただ歯周病で生じる悩みには、こうした歯の欠損に至るまでの症状も多々あります。再生医療を活用することで改善の可能性がある症状について、原因とともに紹介します。
歯がぐらぐらしている
再生医療により、歯のぐらつきが改善する可能性があります。歯周病は進行すると歯を支える歯槽骨や歯茎が損傷し歯周組織への負荷がかかります。
そうすると破骨細胞という骨の吸収にかかわる細胞が活性化し、歯槽骨が吸収されて歯が安定しなくなります。
噛み合わせが悪くなるのでさらに歯周組織への負荷が大きくなります。再生医療により歯周組織に歯を支える機能が戻るとこの悪循環が終わり歯が安定性を取り戻す可能性があります。
歯茎が腫れる
歯周病では多くの場合炎症が起き歯茎が腫れます。ぶよぶよした白あるいは赤に変色しますが、再生医療で改善する可能性があります。
口腔内には400~700種類の細菌がいて、歯磨きが充分でなかったり糖が過剰にあったりするとネバネバした歯垢(プラーク)を作ります。
プラークは1mgの中に約10億個の細菌がいるといわれる炎症の原因です。痛みはほとんどの場合ありませんが、徐々に歯周組織を破壊します。
再生医療で健康な組織が取り戻され、炎症が治まることで腫れていた歯茎の健康が回復する可能性があります。
歯茎が下がっている
再生医療で減少していた歯を支える顎の骨組織が戻り歯茎が下がる悩みが改善する可能性があります。
歯周病は進行すると歯茎が全体的に下がり歯の根元が露出します。いったんこのような状態になると自然に戻ることは難しくなります。
知覚過敏になったり歯が長く見えたり、歯の根元に隙間ができたりと、生活上や外見上つらいことも生じる症状です。
従来、治療は困難とされてきました。程度によりますが歯周組織の再生医療ではこうした歯茎の回復が期待されます。
再生医療による歯周病治療のメリット
代表的なメリットを2つ紹介します。
- 歯を抜かずに済む可能性がある
- 歯周病の進行・再発防止につながる
歯周病で損なわれた組織は自然に元通りになることはありません。機能面だけでなく審美性が患者さんに与える影響は大きく、再生医療の利点もそれだけ価値があるといえます。
歯を抜かずに済む可能性がある
歯周病で抜歯が検討されるのは、自身の歯を残すか歯を支える骨を残すかといった二択が必要になるときです。
歯周病では炎症が進むことで歯槽骨の吸収が起こります。歯と歯茎の隙間にある「歯周ポケット」が深くなり歯槽骨に達すると骨が吸収されはじめます。
つまり歯周病が進行すると歯を支えていた顎の骨が減り、歯がなくなってインプラントができなくなったり、周囲の歯もぐらぐらしはじめたりするなど口腔機能全体が落ちてしまいます。
抜歯になると、従来は義歯(入れ歯)・ブリッジ・インプラントのいずれかを行いますが、それぞれメリットとデメリットがあります。
また歯を抜いたから歯周病が治癒するわけではなく、治療は引き続き必要です。
自身の歯を抜くのはつらい決断です。できれば抜歯を避けたい患者さんにとって歯周組織再生療法は画期的な治療でしょう。
再生医療により、抜歯を回避すると同時に治療を行い歯を支える機能の回復が見込めるケースが増えます。
歯周病の進行・再発防止につながる
歯周組織の再生療法により、歯周病が重症化したり再発したりするのを防げる可能性があります。
再生療法を検討する段階まで進行した歯周病は、歯を支える顎の骨が減って歯の不安定性が大きく、また歯周病が進行する原因となるプラーク(歯垢)が溜まりやすい状態です。
再生医療による歯周組織の再生を通じ、このような歯周病が重症化したり再発したりしやすくなっている口腔の状態が改善されます。
再生医療による歯周病治療のデメリット
再生医療は新しい分野です。積極的な医薬品や医療機器・治療法の開発と研究が継続されるなか、現状デメリットと考えられていることを2つ紹介します。
- 外科的手術が必要
- 思ったような効果が得られないケースもある
再生医療を用いた歯周病治療は治療の適応範囲がそもそも限られます。また歯周病を専門とする一部の歯科医師だけが対応できるのが現状です。ご説明するデメリットを解消し、一般の歯科医院で広く受けられる術式が望まれます。
外科的手術が必要
組織の移植や再生を行うため外科的な処置が必要となります。痛みや手術にともなうリスクなど心身への負荷が大きくなります。
術後の回復は手術の種類や個人差、症状の程度などによってさまざまです。手術にともなう術前術後のリスクや注意点も生じるでしょう。
具体的には歯みがき・手術部分のケア・感染対策として薬の服用といった注意点が想定されます。かかりつけ歯科医院と事前によく相談するようにしましょう。
思ったような効果が得られないケースもある
再生医療はどの治療法も失われたすべての組織を再生する内容ではありません。かかる時間も、再生できる量も人それぞれ異なります。
症状の進行によっても効果が異なるほか、予想外の反応や思ったような結果が得られないケースがあることは念頭に置きましょう。
再生医療による歯周病治療は保険が適用される?
歯周組織再生療法には保険診療と自費診療があります。日本は世界に先駆けて再生医療を推進する法制度が整備されてきました。
2023年4月時点で厚生労働省の承認を得られて、保険が使える歯周組織再生療法もあります。一方、有効性や安全性などが確認中の未承認段階にある治療法も少なくありません。
保険適用があるケース例と、保険適用外の費用相場について概要を説明します。個々の具体的な費用などについては必ず治療を受ける歯科医院などで確認しましょう。
治療方法によっては保険が適用されるケースがある
治療方法によっては保険が適用されるケースもあります。症状や悩みに基づき、歯科医師と相談しながら適切な治療方法を選ぶことが重要です。
例えばGTR法は、使用する人工膜の種類によっては保険適用されないものもあります。保険適用の3割負担で治療が受けられる場合の費用の目安は、1歯あたり5,000~15,000円でしょう。
なおリグロスは保険適用で3割負担の場合約10,000円です。いずれも保険適用なので税金はかかりませんが、検査費や手術費などは別途です。
ただし保険適用かどうかの判断はメンテナンスも含めた歯周病の治療過程全体でされる場合があることに注意しましょう。
保険適用だと思っていた治療が、自由診療の再生医療を受けたため自費扱いになったということもありますので、事前に受診先の歯科医院で確認が必要です。
再生医療による歯周病治療の費用相場
一例として、GTR法で保険適用外の人工膜を使用する場合は1歯あたり50,000~150,000円(税込)程といわれています。同じく保険適用外のエムドゲインでは1歯あたり20,000~100,000円(税込)程です。
歯科医院によって具体的な金額は異なります。また保険適用の場合と同様、ほかに検査費、治療費などがかかります。
具体的な費用は、歯科医院で確認するとよいでしょう。治療後も、再生した組織の状態を保つための定期受診についても相談できるとより具体的にイメージがつきます。
まとめ
予防や早期治療が大切とされながら自覚症状が少ない歯周病は、気づいたときには抜歯をはじめとするつらい状態になりかねません。
冒頭に挙げた糖尿病や脳梗塞など循環器系疾患のほか、骨粗しょう症や関節炎・胃炎など歯周病が身体に及ぼす影響は枚挙にいとまがありません。
いざというときのためにも、日頃からのご自身のケアのためにも、本記事が参考になれば幸いです。
参考文献