「再生医療」とは、機能不全や機能障害になってしまった臓器や生体組織に対して、 細胞や人工的な材料を活用して、損なわれた機能の再生を図る医療のことをいいます。従来は治療方法のなかった病気や怪我に対して、新たな医療をもたらすことができる可能性があります。再生医療の技術を利用して、難病向けの薬の開発や、その原因の解明も進められています。日本では、他の国に先駆けて再生医療を推進するための法律が整備され、医療機器や薬の安全基準を定める法律が改正されたなど、新しい医療を進めていく体制が国を挙げて構築されてきています。一方で、厚生労働省の認可を受けて、健康保険が適用できる再生医療などの製品は、まだ種類が限定されており、多くは安全性や有効性を確認している段階です。この記事では、再生医療の保険適用について、適用された事例や今後適用が期待されている治療などを含めて解説します。
再生医療の保険適用はいつから?
保険適用を受けるためには厚生労働省の認可が必要
再生医療の内、安全で有効性が認められている治療法であっても、保険適用の対象となるためには厚生労働省による認可が必要です。認可の審査は長い時間をかけて行われ、10年以上かかる場合もあるため、先進的な医療技術である再生治療による治療をいち早く受けるためには、保険が効かない状態で受診することになります。海外で一般的に使用されている治療法であっても、日本では再度審査を受ける必要があります。審査中の治療法が認可される時期は、審査の方法や研究の段階などによるため、予測することが困難です。
再生医療のリスク分類によって審査方法が異なる
再生医療などは、リスクの大きさごとに、法律で「第1種」から「第3種」まで分類されています。第1種はiPS細胞やES細胞、他人の幹細胞などを利用する、既知と未知を含めて、高いリスクが想定されるものです。第2種は患者さん本人の体性幹細胞などを使用する、中程度のリスクが見込まれるものです。第3種は細胞が元々持っている機能を利用して大きな操作を加えないため、大きなリスクは想定されないものです。第1種・第2種の再生医療などは、高度な審査能力を有する特定認定再生医療等委員会での審査が必要になり、承認されるまでに時間がかかります。これらの種別は有効性の大小に基づく分類ではない点にも注意しましょう。
・第1種
ES細胞、iPS細胞を使った再生医療もしくは遺伝子導入をした再生医療や、患者さん本人以外の細胞を使った再生医療など、これまでヒトに実施されたことが非常に少ないため、既知・未知を含めて、高いリスクが想定されるもの。
・第2種
患者さん本人の間葉系幹細胞などを使った治療など、ヒトにすでに実施されたことがあり、中程度のリスクを見込まれるもの。
・第3種
患者さん本人のリンパ球などを使った治療など、細胞が元々持っている機能を使用し、大きな操作を加えないため、大きなリスクが想定されないもの。
再生医療の研究段階について
科学的根拠に基づいた医療であり、保険診療で受けられる治療法のことを標準治療といいます。現在受けられる標準治療は、より良い治療を多くの患者さんに提供できるように、研究段階の医療における研究と開発の積み重ねで作り上げられてきました。研究段階には臨床試験や治験などがあります。
・臨床研究
臨床研究とは、患者さんの生活の質の向上を目的にして、病気の理解と原因の解明、予防方法や診断方法、新しい治療法の開発など、ヒトを対象として行う医学研究のことをいいます。
・臨床試験
ヒトを対象として、薬や医療機器など、病気の治療や診断、予防に関する様々な医療手段について、その安全性や有効性などを確認するために行う試験のことを臨床試験といいます。臨床試験には、治験と自主臨床試験があります。
・治験
製薬会社が主体となって、国から医薬品や医療機器の製造と販売の承認を得るために行う臨床試験のことを治験といいます。治験の実施については、効き目などの有効性があるか、重大な副作用がないなど安全性が担保されているかなどを科学的な方法で正確に調べられるように、そして、治験に参加する患者さんの安全や人権が最優先に守られるように、厳格なルールが規定されています。
保険適用される再生医療について
2023年4月現在、保険適用される承認された再⽣医療等製品は19種類あります。以下で、保険診療と自由診療のそれぞれの事例を紹介します。
保険適用される治療
・造血幹細胞移植
造血幹細胞移植は、一般的な免疫抑制療法や化学療法だけでは治すことが困難な免疫不全症や血液がんなどに対して、完治させることを目的に行う治療方法です。造血幹細胞移植の治療には健康保険が適用されます。一般的な治療法と比べて、強い副作用や合併症を生じることがあります。そのため、造血幹細胞移植を実施するか否かを決める際には、患者さん一人ひとりに対して慎重な検討が行われます。全身への放射線治療や化学療法からなる移植前処置の後、患者さん本人またはドナーから事前に採取した造血幹細胞を点滴で投与します。化学療法や放射線治療が効きやすい、血液やリンパのがんなどが治療の対象になります。移植前処置は、腫瘍細胞を減少させるだけでなく、免疫細胞を抑制させる目的でも行われます。患者さんの骨髄に移植された造血幹細胞が生着し、血液細胞を作るようになり、正常な造血機能が回復することが期待されます。ドナーが提供してくれた造血幹細胞を移植する場合は、ドナーのリンパ球が患者さんの腫瘍細胞を攻撃する効果も期待できます。
・脊髄再生治療
脊髄は脳と手足を繋ぐ神経回路で、外傷などで神経に傷がついてしまうと手足の動きや感覚が阻害され、重度の場合は感覚もなく、全く動かせない運動感覚完全麻痺になります。不全麻痺という一部の動きが残っている状態には、わずかに手足が動かせる状態から歩ける状態まで大きな幅があります。これまでは、こういった脊髄神経の損傷は、傷がついてしまうと回復させることは難しく、麻痺も怪我をしてから数カ月間は、ある程度回復傾向が見られるものの、それを過ぎた後に回復させる治療方法はないと考えられていました。脊髄再生医療は、脊髄神経に治療を施し、新しい神経回路を作り上げることで手足の麻痺を治そうとするものです。脊髄に細胞を移植したり、薬を投与することで、脊髄神経の働きを改善させる治療です。
2018年12月に、自己骨髄由来間葉系幹細胞を使った脊髄再生治療薬が、7年間の条件付きで保険適用の対象となりました。世界初の承認された脊髄再生治療薬です。脊髄を損傷した患者さん本人の幹細胞を培養し、増殖させて、患部に注入することで脊髄を再生させるという治療です。1回分の薬価は約1500万円ですが、保険適用のため、その2〜3割が自己負担分となります。高額療養費の適用を受けることもできます。
保険適用されない治療(自由診療)
間葉系幹細胞は、脊髄再生治療以外にも、エイジングケアやバストアップなどの美容形成の領域や、変形性膝関節症や更年期障害の治療にも用いられており、多岐に渡って臨床応用されています。しかしながら、そのほとんどが保険適用されない自由診療となり、治療にかかる全ての費用が自己負担になります。遠心分離機などで幹細胞を取り出して、体内に戻す治療の場合は数十万円から数百万円、幹細胞を培養し増殖させて体内に戻す治療では1千万円を超える治療費になることも珍しくなく、多額の費用がかかります。しかしながら、これらの治療にはそれを上回る利点があることも事実です。従来の医療では根本的に治療することが難しい、怪我や病気などで失われた臓器や身体の組織を再生することは、全ての人々にとっての希望といえるでしょう。
今後、保険適用が期待されている再生治療
間葉系幹細胞を使用した再生医療
幹細胞の中でも、実験研究用に人工的に作られた特殊な細胞である、iPS細胞やES細胞はよく知られています。一方で、それらの特殊なものでなく、一般的な幹細胞は人間の成長を支える細胞で、大人より幼少期のほうが沢山の幹細胞が存在しています。大人になって成長が止まったように見えても幹細胞は存在し、損傷した組織に細胞を補填する機能を担います。組織幹細胞(体性幹細胞・成体幹細胞)と呼ばれるこれらの幹細胞の内、骨髄などにある造血幹細胞は、以前から研究され、活発に臨床応用されています。この造血幹細胞を用いた治療方法の確立は、組織幹細胞を活用する移植治療の可能性を広げたといえるでしょう。ただし、組織によっては生体内から幹細胞を分離することが難しく、治療に使用しづらいものもあります。心臓や脳の組織幹細胞などです。
そこで間葉系幹細胞が近年注目されています。間葉系幹細胞は、発生していく過程で中胚葉から分化する骨や脂肪にすることができ、成人の骨髄や歯髄、脂肪組織などから比較的簡単に採取することができます。間葉系幹細胞は、これまでの研究により、中胚葉系の筋細胞や骨芽細胞、軟骨細胞、脂肪細胞などだけではなく、内胚葉型の臓器や外胚葉系の神経などの細胞にも分化できることがわかりました。免疫抑制作用や腫瘍に集まる性質を持つことが報告されており、移植後の拒絶防止に間葉系幹細胞を利用したり、がんの遺伝子治療薬の運搬手段として利用したりする研究が進められており、保険適用による治療となることが期待されています。
さらに間葉系幹細胞は、組織エンジニアリングという分野でも利用するための研究が進行しています。組織エンジニアリングは、細胞と足場と栄養を適切に組み合わせて、立体的な人工臓器や組織を作り出すことを目的にしています。間葉系幹細胞から分化させた細胞を使った軟骨細胞シートによる軟骨損傷の治療はすでに実施されており、健康保険の適用が認可されています。
保険適用外の再生医療で自己負担額を減らす方法
自由診療の治験に参加する
自由診療とは、国の承認を受けるための前段階を満たしていない治療で、公的に有効性や安全性が確認されていないため、保険診療として扱われないものです。そのため、治療費が全額自己負担になり、高額になってしまいます。この治療費を軽減するために、保険適用外の再生医療の治験に参加するという方法があります。自由診療の治験に参加することで、新しい医薬品や医療技術にチャレンジすることができ、患者さんの希望に応じた検査などを細かく行うことができるため、状態や体質に適した治療が受けられる可能性があることはメリットといえるでしょう。一方で、科学的根拠が明確でない治療方法までが含まれており、従来の方法よりも優れている保証がない点には注意する必要があります。
再生医療の治験事例
京都大学の研究グループは、パーキンソン病の症状を改善させるために、iPS細胞から誘導したドーパミン神経前駆細胞を脳内に直接移植する治療法を開発し、有効性と安全性を検証するための医師主導治験を行いました。ドーパミンを産み出し、分泌する神経細胞が減少していき、手足がこわばったり震えたりするなどの運動機能障害が起こる神経難病がパーキンソン病です。研究グループはドーパミン神経細胞をiPS細胞から作り、脳内に移植することでドーパミンの量を増やし、パーキンソン病の症状を改善させる方法を開発しました。この治験では、コストと時間の問題から、自家移植ではなく、健常人由来の細胞を使用した他家移植が行われました。一度に多くの細胞を用意することができ、治験1例あたりのコストと手間を軽減できましたが、免疫を抑制する必要があったそうです。本治験で細胞移植の安全性が確認され、有効性を示す成果が得られたら、より多くの症例を重ね、標準治療となることを目指すそうです。パーキンソン病で寝たきりになってしまう患者さんをゼロにすることが目標とのことです。
編集部まとめ
今回は再生治療の保険適用について、治療法が保険適用の対象となるために必要な認可や審査、再生医療のリスク分類や研究の段階について解説しました。再生医療が保険診療と自由診療になるそれぞれの事例を紹介し、今後の保険適用が期待されている間葉系幹細胞を使用した再生医療についても説明しました。保険を適用して自己負担額を少なくした上で、有効で安全な再生医療を受けるために、この記事の内容を参考にしていただけたら幸いです。
参考文献