妊娠や出産を経験した方で、臍帯血バンクという言葉を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
臍帯血とは、へその緒と胎盤に含まれる血液のことです。
出産の時にしか採取できない臍帯血を冷凍保存することで、白血病や再生不良性貧血などの治療に利用が可能です。また、再生医療の分野においても、臍帯血は注目されています。
ここでは、さまざまな病気の治療に応用される可能性がある臍帯血について、詳しく解説します。臍帯血バンクについても紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
臍帯血を用いた再生医療
わたしたちの身体の中には、幹細胞と呼ばれる細胞が存在しています。幹細胞はさまざまな細胞に分化できる分化能と、自分と同じ能力をもった細胞に分裂する自己複製能を備えた細胞です。
再生医療は、この幹細胞の分化能と自己複製能の性質を利用して、機能障害や機能不全になった組織や臓器の回復を図る治療法です。
幹細胞は身体のさまざまな組織に存在しますが、臍帯の中にも存在します。出産後に採取される臍帯血に含まれる幹細胞は、間葉系幹細胞・造血幹細胞・神経堤幹細胞などです。
これらをまとめて臍帯幹細胞と呼び、再生医療分野での活用が期待されています。アメリカでは、脳性麻痺の患者さんに自己臍帯血を移植することで、症状が改善したという報告があります。
日本では臍帯血を用いた再生医療の臨床試験が行われており、現在も研究が進行している最中です。
臍帯血とは?
再生医療において注目されている臍帯血とは、どの部位の血液かご存じでしょうか。臍帯血とは限られた人しか提供できず、採取できるタイミングも限られています。
ここでは、臍帯血について詳しく解説します。臍帯血がなぜ再生医療において重要なのか、どのような疾患の治療に用いられるのかについてもまとめていますので、参考にしてください。
胎盤・臍帯の中の血液
母体と赤ちゃんを結ぶへその緒を臍帯といい、その臍帯と胎盤の中に含まれる血液が臍帯血です。
通常は、赤ちゃんが生まれると臍帯や胎盤と一緒に臍帯血も処分されます。しかし、臍帯血には幹細胞が多く含まれており、白血病などの治療に用いられます。
臍帯血を採取して臍帯血バンクで保管ができるのは、事前に臍帯血の提供を希望して申込をした方のみです。
臍帯血の採取は、赤ちゃんが生まれて臍帯を切り離してから、母体に胎盤が留まっている間に行います。胎盤は、赤ちゃんが生まれてから10分から30分後に、後産として母体から排出されます。
その間に、臍帯に針を刺して臍帯と胎盤に残っている血液を集めるので、臍帯血は出産後わずかな時間にしか採取できません。臍帯血は平均70mlから80ml採取できるとされています。
血液の元になる細胞が含まれている
臍帯血の中には、赤血球・白血球・血小板などの血液の元になる造血幹細胞が多く含まれています。
この造血幹細胞は人工的に作ることができません。そのため、白血病などで造血機能が障害された患者さんに臍帯血を移植することで、造血機能を再生させる治療に臍帯血が用いられます。
臍帯血バンクとはどのようなもの?
妊娠・出産を経験した方は、臍帯血バンクという言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。妊娠・出産を経験していない方からしたら、骨髄バンクと比べてあまり聞きなれない言葉かもしれません。
臍帯血バンクには、臍帯血供給事業者(公的臍帯血バンク)と臍帯血プライベートバンク(民間臍帯血バンク)の2種類があります。
ここでは臍帯血バンクについて詳しく解説します。公的臍帯血バンクと民間臍帯血バンクの違いについても解説しますので、参考にしてください。
赤ちゃんの臍帯血を保管しておける
公的臍帯血バンクでも民間臍帯血バンクでも、臍帯血を保管しておくことができます。ただし、両者は利用目的など異なる点がいくつかあります。
公的臍帯血バンクは、白血病などの病気で移植が必要な患者さんのために、臍帯血を無償で提供し保管が可能です。公的臍帯血バンクは、厚生労働大臣の許可を得た事業者です。
民間臍帯血バンクは、本人や家族の病気の治療で将来的に利用する可能性を想定して、保管料を支払って臍帯血を保管してもらいます。民間臍帯血バンクは、厚生労働大臣の許可を得た事業者ではありません。
公的臍帯血バンクであれば第三者の患者さんの治療のために、民間臍帯血バンクでは本人や家族の治療のために、臍帯血は保存されます。
採取された臍帯血は凍結保存される
採取された臍帯血は、36時間以内に凍結保存をしなければなりません。ただし、そのまま凍結すると細胞が壊れてしまうため、分離・調製してから-196℃の液体窒素の中で凍結保存します。
凍結保存した臍帯血が、移植に使用できるかどうか、血液学的検査・血液型検査・HLA検査・感染症検査・無菌検査を行います。これらの検査を通過した臍帯血のみが、移植細胞として提供が可能です。
残念ながら基準を満たさなかった臍帯血は保存されず、廃棄するか、医療の向上を目的とした研究に利用されることになります。
公的臍帯血バンクでは、造血幹細胞移植法が定める基準で調製と保存が行われます。ただし、民間臍帯血バンクは厚生労働大臣の許可を得ていないため、国が定める基準で調製と保存が行われているとは限りません。
臍帯血移植のメリットは、移植コーディネートをする必要がなく、移植までの期間を短縮できることです。そのため、骨髄バンクでコーディネートを待っている患者さんも、移植を受ける可能性が広がります。
臍帯血移植で治療できる主な病気は?
幹細胞を多く含む臍帯血は、どのような病気の治療に利用できるのか気になる方も多いでしょう。
臍帯血移植では、骨髄移植と同様の病気の治療が可能です。また、公的臍帯血バンクが保管している臍帯血から、HLAが適合する臍帯血が見つかる確立は90%以上です。
ここでは、臍帯血移植で治療できる主な病気4つについて、詳しく解説します。
再生不良性貧血
再生不良性貧血とは、造血幹細胞が減少することにより、白血球・赤血球・血小板が減少する指定難病です。これらの血球が減少することで、易感染性・貧血症状・出血傾向などの症状がみられます。
主な治療法は、免疫抑制療法・蛋白同化ステロイド療法・造血幹細胞移植です。
造血幹細胞移植では、骨髄移植による治療が優先されます。しかし、血縁者にも骨髄バンクにHLA一致ドナーが見つからない場合には、臍帯血移植が適応になります。
臍帯血移植の成績は徐々に向上していますが、移植される臍帯血の造血幹細胞の数が少ない場合、生着不全のリスクが高いです。
生着不全とは、患者さんの免疫力によって、移植した造血幹細胞が排除されることです。そのため、臍帯血移植を行う際には、患者さんの状態を見て慎重に検討する必要があります。
白血病
白血病とは、造血幹細胞がさまざまな血液細胞に分化する途中の段階で腫瘍化した、血液のがんです。易感染性・貧血症状・出血傾向などの症状があらわれます。
病気の進行速度と腫瘍化した細胞によって、急性骨髄性白血病・急性リンパ性白血病・慢性骨髄性白血病・慢性リンパ性白血病の4つに分類されます。
白血病の主な治療法は、抗がん剤による化学療法です。白血病は抗がん剤が奏功するため、80%の患者さんが寛解になります。
しかし、成人の白血病では一時寛解になった方の半数以上が再発します。そのため、化学療法では治癒が望めない患者さんに対して、造血幹細胞移植が行われることが多いです。
以前は血縁者や骨髄バンクのドナーからの移植が中心でしたが、現在は積極的に臍帯血移植が行われています。
先天性免疫不全症
先天性免疫不全症は指定難病であり、先天的に免疫系のいずれかの部分に欠陥がある疾患の総称です。障害される免疫細胞の種類により、400以上の疾患に分類されます。
先天性免疫不全症は免疫系に異常が生じているため、主な症状は易感染性です。
治療法は疾患や重症度によって異なりますが、軽症例では抗菌薬・抗ウイルス薬・抗真菌薬の予防内服や、ヒト免疫グロブリン製剤の補充で感染は予防可能です。
重症の場合は、早期に骨髄や臍帯血による造血幹細胞移植が選択されます。先天性免疫不全症の患者さんは乳幼児であり、拒絶するだけの免疫力がないことから、臍帯血移植が適していると考えられています。
重症複合型免疫不全症・T細胞欠損症・CD40リガンド欠損症・WASP欠損症・X連鎖リンパ増殖症候群・血球貪食性リンパ組織球症・食細胞機能異常症・自己免疫または免疫調節障害などが移植の適応疾患です。
先天性代謝異常疾患
先天性代謝異常疾患とは、先天的に特定の酵素が欠損または活動性が低下することで、代謝が障害される遺伝性の病気の総称です。
代謝が障害されることで、体内に必要な物質が欠乏したり不要な物質が蓄積したりして、さまざまな症状を引き起こします。欠損している酵素や症状によって、治療法もさまざまです。
先天性代謝異常疾患のうち、ムコ多糖症・副腎白質ジストロフィー・糖タンパク代謝異常が移植の適応疾患になります。ただし、先天性代謝異常疾患は免疫機能が正常であるため、生着不全を防ぐ治療上の工夫が必要です。
臍帯血に含まれる幹細胞にはどのようなものがある?
臍帯血には幹細胞が多く含まれています。白血病などの治療に有用なのは造血幹細胞ですが、その他にも間葉系幹細胞・神経堤幹細胞があり、再生医療の分野で注目されています。
しかし、実際には臍帯血に含まれる幹細胞を精製して再生医療に利用する技術は確立していません。そのため、現在も研究や動物実験が行われています。 ここでは、臍帯血に含まれる幹細胞について詳しく解説をします。
間葉系幹細胞
間葉系幹細胞は、骨・軟骨・血管・心筋などへの分化能力をもち、再生医療において非常に期待されています。
間葉系幹細胞は1999年に初めて骨髄から採取されて以来、現在では脂肪組織や歯髄からも採取が可能です。
より幼若な間葉系幹細胞は、臍帯血に含まれています。臍帯血由来の間葉系幹細胞は、成体由来の間葉系幹細胞よりも増殖性が高いです。
また、臍帯血間葉細胞は、治療用免疫抑制細胞とも認識されています。そのため、慢性炎症性腸疾患・移植片対宿主病(GVHD)に利用することが期待されています。
造血幹細胞
造血幹細胞は、血液中の細胞への分化能力をもつ幹細胞です。造血幹細胞は、血液中の細胞の供給が途絶えないように常時分化して、血液中の細胞数をある程度一定に保ちます。
造血幹細胞は、骨髄にも存在します。これらの造血幹細胞は、赤血球・血小板・肥満細胞・樹状細胞や、好中球・好酸球・リンパ球・単球・マクロファージなどの白血球細胞に分化します。
造血幹細胞の特徴は、血液中の細胞を生産しながら自己複製を行い、造血幹細胞が常に存在 するように備えていることです。 臍帯血造血幹細胞は、前述したように白血病・再生不良性貧血などで移植を必要とする患者さんに用いられています。
神経堤幹細胞
神経堤幹細胞は、頭部骨格・メラノサイト・神経節・神経膠細胞・クロム親和性細胞・ホルモン産生細胞などに分化が可能です。
神経堤幹細胞は神経再生という特性から、脊髄損傷・パーキンソン病・脳性麻痺などの治療に用いられることが期待されます。
アメリカでは、脳性麻痺の小児に自己臍帯血を移植することで症状が改善しており、すでに効果を挙げている疾患もあります。
臍帯血由来の幹細胞はどのような病気の治療が期待されている?
臍帯血由来の幹細胞は、間葉系幹細胞・造血幹細胞・神経堤幹細胞です。これらの幹細胞は、さまざまな細胞に分化する能力をもっており、再生医療の分野において注目されています。
ここでは、臍帯血由来の幹細胞の神経堤幹細胞が、どのような病気の治療に用いられる可能性があるかについて解説します。
脊髄損傷
脊髄損傷とは、外傷などが原因で脊髄が損傷し、損傷部以下の知覚神経・運動神経・自律神経の麻痺を呈する病態です。
毎年5,000人の脊髄損傷の患者が発生しているにも関わらず、現在有効な治療法は確立されていません。リハビリテーションにより残存機能を活用して、ADLの改善を図るのが現状です。
このような状況を打開するために、神経堤幹細胞の神経再生という特性から、脊髄損傷の治療に用いられることが期待されています。
パーキンソン病
パーキンソン病とは、中脳黒質のドーパミン神経細胞が脱落する進行性の神経難病です。原因は不明であり、病気の進行を止める治療法は確立されておらず、主な治療はドーパミンを補充する薬物療法です。
パーキンソン病はドーパミン神経細胞の変性を主体とする疾患であるため、神経堤細胞の神経再生という特性を用いて、パーキンソン病の治療に用いられることが期待されています。
脳性麻痺
脳性麻痺とは、何らかの原因で出産前後に脳の一部が損傷したことによって引き起こされる運動機能障害を指します。主な原因としては、感染・低酸素・脳血管障害・核黄疸などが挙げられます。
脳性麻痺の主な治療法は、残存機能を最大限に生かすためのリハビリテーションです。他にも、筋緊張を和らげるための薬物治療などがありますが、根治的な治療はありません。
脳性麻痺は脳神経が損傷した病態であるため、神経堤細胞の神経再生の特性を活かして、脳性麻痺の治療に用いられることが期待されています。
まとめ
臍帯血は白血病や再生不良性貧血などの患者さんの移植治療に用いられ、1997年に初めて臍帯血移植をして以来、移植症例数は年々増加しています。
また、臍帯血は幹細胞を多く含んでおり、再生医療の分野でも期待されています。現在は研究中ですが、治療法が確立されていないさまざまな病気の治療に用いられるかもしれません。
臍帯血は誰でも提供することができるわけではなく、出産直後のわずかな時間にしか採取ができません。
しかし、その臍帯血は多くの患者さんの治療に用いられ、今後の再生医療における進歩につながることになるでしょう。
参考文献
- さい帯血バンクについて|日本赤十字社
- さい帯血提供のお願い|日本赤十字社
- さい帯血って何?|公明党
- 赤ちゃんを出産予定のお母さんへ(臍帯血関連情報)|厚生労働省
- 公的さい帯血バンクってなに?|一般社団法人 中部さい帯血バンク
- さい帯血等の研究利用及び提供状況について(2022年度)
- 臍帯血バンクにご協力をお願いします|兵庫県庁
- 再生不良性貧血(指定難病60)|公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター
- 再生不良性貧血の診療指針と活用の実際
- 造血細胞移植ガイドライン 再生不良性貧血(成人)(第2版)
- 免疫不全・骨髄不全の同種造血幹細胞移植|国立研究開発法人 国立成育医療研究センター
- 白血病|兵庫医科大学病院
- 臍帯血移植について|国立病院機構 熊本医療センター
- 原発性免疫不全症候群(指定難病65)|公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター
- 14.小児患者の移植|一般社団法人 日本造血・免疫細胞療法学会
- 先天性代謝異常症|NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
- 脊髄損傷に対する再生医療
- パーキンソン病(指定難病6)|公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター
- 脳性麻痺|NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
- 脳性麻痺に対する保存自家臍帯血輸血治療の実際
- さい帯血移植症例2万例突破!|日本赤十字社