ヘルニアは、背骨の間にある椎間板が変性し、神経を圧迫することで痛みや麻痺を引き起こす疾患です。これまで手術や保存療法が主な治療法とされてきましたが、近年、再生医療を用いた治療法が研究されています。
本記事では再生医療でヘルニアが改善するのかについて以下の点を中心にご紹介します。
- 再生医療とは
- 再生医療で行うヘルニア治療
- 再生医療と従来の治療法の違い
再生医療でヘルニアが改善するのかについて理解するためにもご参考いただけますと幸いです。ぜひ最後までお読みください。
再生医療とは
再生医療とは、幹細胞や成長因子などの生物学的材料を用いて、損傷した組織や臓器の修復・再生を促す治療法です。従来の治療では難しかった疾患に対しても、根本的な改善が期待されるため、国内外で研究が進められています。
この治療の中心となるのが「幹細胞」です。幹細胞は、さまざまな細胞に変化できる能力(分化能)を持ち、損傷した組織を修復する役割を果たします。例えば、患者さん自身の脂肪から採取した幹細胞を培養・増殖し、患部へ戻すことで、再生を助ける治療が行われています。
ただし、再生医療は、現在も研究が進行中の分野であり、長期的な安全性や有効性についてはさらなる検証が必要です。そのため、適応範囲や治療の標準化には慎重な議論が求められます。
再生医療のメリット・デメリット
再生医療には、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?以下でそれぞれ解説します。
メリット
ここでは、再生医療のメリットについて詳しく解説します。
- 疾患の根本的な治療が期待できる
再生医療のメリットとして、病気やけがによって損傷した組織や臓器の再生を助け、根本的な治療を可能にする点が挙げられます。
再生医療では、幹細胞などを活用して失われた細胞を再生し、組織の機能を回復させます。例えば、心筋梗塞で損傷した心筋を再生させることで、心機能の回復が期待できます。 - 拒絶反応や副作用が少ない
自家細胞を用いる再生医療では、免疫系が異物として認識しにくく、拒絶反応のリスクは低いとされています。しかし、異なるドナー由来の細胞や培養過程での変異の影響については慎重な評価が必要です。 - 身体への負担が少ない
再生医療は、従来の治療法より患者さんの身体にかかる負担が少ない点も大きなメリットです。
再生医療では、幹細胞を用いた治療の場合、注射や小規模な処置で施術が完了することが多く、手術のような侵襲(体へのダメージ)が少ないのが特徴です。
そのため、回復期間が短縮され、患者さんが日常生活に早く戻れる可能性が高くなります。
このように、再生医療は従来の治療法より根本治療ができ、副作用や身体への負担が少ない点が大きなメリットです。
デメリット
再生医療は、従来の治療では難しかった疾患への新たな希望をもたらす一方で、いくつかのデメリットもあります。主なデメリットは以下のとおりです。
- 高額な治療費
再生医療は、幹細胞の採取や培養、移植など、精密な技術と特別な設備を必要とするため、治療費が高額になり、公的医療保険も適用されず、数百万円以上の費用がかかることもあります。 - 効果の個人差と持続性が不透明
再生医療の効果には個人差があり、すべての患者さんに同じような治療効果が期待できるわけではありません。
また、治療後に一時的に症状が改善しても、その効果が長期間にわたって持続するかどうかは不透明であり、再治療が必要になる可能性もあります。 - 臨床データの不足と安全性の懸念
再生医療は新しい分野であり、従来の治療法より長期的な安全性や有効性に関するデータが十分に蓄積されていません。
治療の経験が増えるにつれて信頼性は向上していくと考えられますが、現時点では不明瞭な点が多く、治療を受ける際にはリスクが確立されていない部分があることを考慮する必要があります。 - 治療を受けられる医療機関が限られる
再生医療は、すべての医療機関で提供されているわけではないため、治療を希望しても受けられる施設が近くになかったり、予約が取りにくかったりする場合があります。
治療を検討する際には、メリットとデメリットを理解し、信頼できる医療機関で適切な説明を受けたうえで、慎重に判断することが大切です。
ヘルニアの種類
上記では再生医療のメリット・デメリットを解説しましたが、ここではヘルニアの種類について解説します。
鼠径ヘルニア
鼠径ヘルニアは、いわゆる「脱腸」とも呼ばれる病気で、太ももの付け根(鼠径部)の筋膜の隙間から腸などの臓器が飛び出してしまう状態を指します。発症すると、鼠径部にピンポン玉のような膨らみができ、症状が進行すると痛みや違和感を伴うことがあります。
鼠径ヘルニアは、中年以降の男性に多く、加齢による筋肉の衰えや、重い荷物を持つ動作、排便時の強い腹圧などが発症の原因とされています。また、先天的に鼠径部の筋膜が弱い場合にも発症することがあります。
診断には触診や超音波検査、CT検査が用いられ、治療には手術が必要です。症状が軽い場合はすぐに手術を行う必要はありませんが、嵌頓を防ぐためにも早めの治療が推奨されます。
大腿ヘルニア
大腿ヘルニアは、足の付け根付近に腸が飛び出してしまう病気で、鼠径ヘルニアと似ていますが、腸が脱出する位置が異なり、太ももに近い部分に膨らみが現れるのが特徴です。症状としては、足の付け根付近に違和感や痛みを感じることが多いとされています。
このヘルニアは、痩せ型の高齢女性に多く見られ、筋膜の隙間が広がることで腸がはまり込みやすくなります。特に、鼠径ヘルニアより嵌頓(かんとん) しやすく、腸が戻らなくなり血流が途絶えるリスクが高いため、緊急手術が必要になることがあります。
診断には触診や画像検査が用いられ、根本的な治療には手術が必要となります。膨らみが現れた際には放置せず、早めに医師の診察を受けることが重要です。
腹壁ヘルニア
腹壁ヘルニアは、腹部の筋膜が弱くなり、腸などの内臓が飛び出してしまう病気です。特に、過去に開腹手術を受けた部分は組織が弱くなりやすく、手術の合併症として発症することがあります。また、手術歴がない場合でも、加齢や腹圧の増加によって発症することがあります。
症状としては、おへそ周辺に膨らみが現れ、立ち上がったときや咳・くしゃみ・排便時など、お腹に圧力がかかる動作で膨らみが大きくなることが特徴です。
軽度の場合は、横になると膨らみが引っ込むこともありますが、悪化すると痛みを伴い、嵌頓(かんとん)状態になって腸が締め付けられ、血流が遮断される危険があります。
診断には視診や触診、場合によっては画像検査が用いられ、治療には手術が必要となることが多いとされています。放置すると悪化する可能性があるため、早めに医師の診察を受けることが大切です。
椎間板ヘルニア
椎間板ヘルニアは、脊椎(背骨)の間にあるクッションの役割を果たす椎間板が変形し、神経を圧迫することで痛みやしびれを引き起こす病気です。
発症部位によって 頸椎(首)、胸椎(胸)、腰椎(腰) に分類されます。特に腰椎椎間板ヘルニアは発症が多く、腰や脚に強い痛みやしびれを伴うことがあります。
椎間板は、加齢や長年の負担、激しい運動、姿勢の悪さなどによって劣化し、本来の形を維持できなくなると、飛び出した椎間板が神経を圧迫しヘルニアを引き起こします。若年層にも発症しやすく、10代や20代で発症するケースもあります。
症状が軽い場合は、安静やリハビリで改善することもありますが、神経が強く圧迫される 脱出型ヘルニア になると、痛みが慢性化し、手術が必要になることもあります。早期発見と適切な治療が重要な疾患です。
再生医療が適用できるヘルニアの種類
再生医療が適用可能とされるケースがあるヘルニアの一つが椎間板ヘルニアです。ただし、すべての症例で有効とは限らず、医師の診断が必要です。
軽度のヘルニアであれば、安静やリハビリなどの保存療法で改善することもありますが、椎間板の変形が進むと自然に元の状態へ戻ることは難しく、手術が必要になる場合があります。
再生医療では、幹細胞を用いて損傷した組織の修復を助ける治療が行われます。幹細胞を患部に直接注入することで、椎間板の再生を助け、炎症の軽減や神経の回復を促すことが期待されています。
ただし、手術後も神経のダメージが残り、しびれや感覚異常などの後遺症が出る可能性があるため、慎重な判断が求められます。
再生医療で行うヘルニア治療
再生医療のヘルニア治療はどのように行われるのでしょうか?以下で解説します。
脂肪由来幹細胞治療
脂肪由来幹細胞治療 は、患者さん自身の脂肪から幹細胞を採取し、静脈内点滴で体内に戻す再生医療の一つです。幹細胞は、自らを複製しながら(自己複製機能)、損傷した組織に移動し、修復や再生を促す性質(多分化機能)を持っています。
この治療では、幹細胞が神経の炎症を抑え、椎間板の損傷部分の修復を助けることで、ヘルニアによる痛みやしびれを軽減することが期待されます。自身の細胞を利用するため、副作用や拒絶反応のリスクが低く、手術を回避したい方にも推奨される治療法です。
多血小板血漿治療(PRP療法)
多血小板血漿治療(PRP療法) は、患者さん自身の血液を利用し、血小板に含まれる成長因子の働きによって組織の修復や再生を助ける再生医療で、本来の治癒力を高めることで損傷した組織の修復や炎症の軽減を目指します。
椎間板ヘルニアに対しては、PRPを椎間板内または周囲に注入することで、炎症を軽減し、細胞の修復を促す可能性があります。ただし、効果の持続性や適応範囲には個人差があり、確立された標準治療ではない点に注意が必要です。
患者さん自身の血液を用いるため拒絶反応のリスクが低く、安全性の高い治療とされていますが、日本では現在のところ自由診療に分類されており、厚生労働省への届け出が必要な再生医療として実施されています。
幹細胞培養上清液治療
幹細胞培養上清液治療 は、幹細胞を培養した際に得られる上澄み液(上清液)を活用し、組織の修復や抗炎症作用を助ける再生医療の一つです。上清液には サイトカイン、エクソソーム、成長因子 などが豊富に含まれており、損傷した組織の自己修復力を高める効果が期待されます。
ヘルニア治療においては、上清液を注射することで、神経や軟骨の修復を助け、炎症を抑えることで痛みやしびれを軽減します。なかでも、手術を避けたい方や、従来の治療で十分な効果が得られなかった場合の選択肢の一つとして検討されます。ただし、科学的エビデンスは限られているため、慎重な判断が必要です。
なお、未成年・妊娠中の方・悪性腫瘍の治療中の方 は、この治療を受けられないため、事前に医師と相談することが重要です。
再生医療と従来の治療法の違い
従来の治療法は、薬物療法や手術を用いて 症状の緩和や病気の進行を抑えることを目的としています。一方で、再生医療は、幹細胞などを活用して損傷した組織や臓器そのものを修復・再生させることを目指す画期的な治療法です。
特に幹細胞治療では、細胞の自己複製能や分化能を活かし、損傷した部位の組織回復を助け、従来の治療では改善が難しかった疾患にも対応できる可能性が広がります。
ただし、再生医療は保険適用が限定的であり、効果の検証が続いている段階のため、自身に適切な選択をすることが重要です。
再生医療の治療費用について
最後に、再生医療の治療費用について解説します。
保険は適用されるのか
現在、日本で行われている再生医療の多くは自由診療であり、保険適用外となっています。これは、再生医療が新しい治療法であり、すべての治療において安全性の確認が十分ではないためです。
「先進医療」と認められた治療では、再生医療に関わる部分は自由診療ですが、それ以外の診察や検査、入院費などは保険が適用されるケースもあります。
ただし、幹細胞治療やPRP療法は、日本では保険適用外の自由診療として提供されることが一般的で、治療費は医療機関によって異なります。平均的には数十万円〜数百万円の費用がかかる場合があります。
そのため、再生医療を受ける際は、治療費用や適用範囲を事前に確認することが重要です。
治療方法別の治療費用の目安
再生医療の治療費用は 保険適用の有無や治療方法によって大きく異なります。以下、代表的な治療の費用目安を紹介します。
- PLDD(経皮的レーザー椎間板減圧術)
費用:30万~50万円(自由診療)
PLDDは健康保険適用外であり、全額自己負担となります。ただし、医療費控除の対象となる場合があるため、年間医療費が10万円を超える場合は、確定申告を行うことで税負担を軽減できる可能性があります。 - MED(内視鏡椎間板切除手術)
費用:25万~40万円
内視鏡を使用して椎間板を切除する手術で、健康保険が適用されます。 - 脊椎固定術および除圧手術
費用:35万~60万円
脊椎の不安定性を補うための手術で、保険適用の対象です。 - ヘルニコア(椎間板内酵素注入療法)
費用:4万~6万円
椎間板に酵素を注入し、ヘルニアを縮小させる治療で、健康保険が適用されます。
再生医療のなかには 自由診療のみの治療も多いとされ、高額な費用がかかることがあるため、事前に治療費の詳細や、医療費控除の適用可否を確認し、納得したうえで治療を選択することが重要です。
まとめ
ここまで再生医療でヘルニアが改善するのかについてお伝えしてきました。再生医療でヘルニアが改善するのかの要点をまとめると以下のとおりです。
- 再生医療は、病気やケガによって損なわれた組織や臓器の機能を回復させる治療法のこと
- 再生医療によるヘルニア治療には、脂肪由来幹細胞治療、PRP療法(多血小板血漿治療)、幹細胞培養上清液治療があり、いずれも組織の修復や炎症抑制を助け、痛みやしびれの軽減が期待される
- 従来の治療は症状の緩和が目的であるが、再生医療は幹細胞などを活用し、損傷した組織の修復・再生を目的としている
再生医療によるヘルニア治療は、組織修復や炎症抑制が期待される一方で、自由診療が多く、費用負担や長期的な有効性について慎重に検討する必要があります。
これらの情報が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。